うちに、文豪がいます。

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 玄関の明り取りの窓から入る朝日が男を逆光で照らし、そのシルエットを浮かび上がらせています。秋山。私の名前は確かに秋山孝雄です。しかし、こいつは一体誰なんだ?   私は寝ぼけまなこをこすると、男の方に少しにじり寄りました。顔がはっきり見える位置まで近づくと、私はハッとして息を飲みました。いや、いやいやいや。どうやら私は、まだ夢を見ているらしい。いや、そんな馬鹿な。いや。あり得ないことだ。  その顔は、紛れもなく。日本を代表する文豪の一人、太宰治。国語の教科書にも載っているその人と、うり二つであったのです。  改めてよく見れば、コウモリのようなマントは太宰治が好んで着たといわれる二重廻し。やや乱雑にオールバックに撫でつけられた髪型、憂いを含み少し陰りのあるその眼差し。どこを取っても……しかし、しかしだ。今日は2018年11月6日。太宰治は、あれだ、明治生まれ? あり得ない。第一、愛人と入水心中という壮絶な死を遂げたことは、あまりにも有名な話ではないか。 「おい、腹が減ったな。お前はどうだ。なにか食べよう」  私の混乱にはお構いなく、太宰治? はそう言い放つと、ゆらりと立ち上がりました。私は何と言ったものかと、男をぼんやり見上げました。すると奥からばたばたと妻がやって来ました。 「あら、話し声がしたもんですから、起きたのかと思って。一緒にお話しされているところを見ると、やはりあなたのお知り合いだったの?」  妻は本を読む習慣がない女なので、太宰治の名前ぐらいは知っていましょうが、風貌まではわからないようです。   「やあ奥さん、これはこれは。たびたび済みませんね。面倒をおかけするのも何ですから、私は秋山君と、外で朝飯でも食べてきます。さあ、行こう」 「あら、どうせ朝食の支度はしておりますから、どうぞ召し上がっていって下さいな。簡単なものしかありませんが」
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