うちに、文豪がいます。

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 うちには、文豪がいます。いや、比喩でもなんでもなく。正確には、いました、と言うべきか。  そう。あいつは突然やって来ました。  ふた月前の深夜、もう12時を回る頃でしたか。私はとっくに床に着き、深い眠りの中におりました。ところが、隣の布団でやはり寝息を立てていたはずの妻が、私を揺さぶり起こして言うのです。 「ねえ、ねえ、ちょっと起きて! 誰かが玄関の戸を叩いてる」  私は眠りを引きずったまま、ぼんやりと目を開けました。すると目の前に、切羽詰まった妻の顔があります。そして確かに、玄関の引き戸を乱暴に、せわしなく叩く音がします。  私達の住んでいる家はもともと妻の祖母の持ち物で、昭和30年代築の大変古い木造日本家屋です。よって玄関もガラガラとスライドさせて開けるタイプで、手で叩くとバンバンと派手な音がするのです。  すわ、強盗か!? 驚いた私は飛び起きると、取るものとりあえず小走りで玄関へ向かいました。 「ど、どちら様ですか?」 「俺だ。俺だ。開けてくれ」  男の声。心当たりはまったくありません。 「こんな時間に、何の御用でしょうか、お名前は?」 「俺だよ、太宰だ。なんだ、この間の事まだ怒ってるのか。金ならまた今度返すからさ。いいから開けてくれよ」  ダザイ? 変わった名前だな。というかダザイといえば、太宰治しか知らないぞ。こいつはいったいどこのダザイなんだ。  玄関の中で訝しんでいる私をよそに、男は話を続けました。 「おい、俺はさっきまで、安吾と飲んでたんだ。ところがあいつ先に帰っちまってな。俺はまだ飲み足りねえんだ、だから来た。開けてくれ、今日はおおいに飲もうじゃないか」  アンゴ? そんな名前の奴は知らない。この男は大方酒に酔って、行くはずの家を間違えているんだろう。私がそこを指摘しようと口を開いた時、背後で様子を伺っていた妻が、私の腕を強く引きました。
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