大切な上履き入れ

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大切な上履き入れ

「神谷このは、7歳、絞殺。今すぐ迎えに行け。以上」 「はい、了解しました」 まだ若い子だな。絞殺って事は、他殺か? 小さな子供は、自分の死というものが理解できていないから連れて行くのが大変だ。親との別れを見るのも結構辛いんだ。 俺が降り立ったのは、小さな川の河原だった。 小さな女の子が、うつ伏せで川にぷかぷかと浮いている。2つに結んだ髪は水を吸い込んで、ワカメのように川を漂っている。 近くに自分を見ている女の子がいる。 その子へと近寄り、声を掛ける。 「あなたが、神谷このはさんですか?」 「ひゃっ!だ、だれ?」 「俺は死神です。迎えに来ました。一緒にあの世へと逝きましょう」 「死神?あの世?」 「君は死んだのです。だから……」 「あそこに寝てるのが私?死んだ?じゃあ、もうお母さんに会えないの?」 「まだ行くまで時間があるので、少しだけなら会えますよ」 「会いたい!私ひどい事を言っちゃったの!だから謝りたい」 「残念ながら声はお母さんに届かないんです。最後に電話なら出来ます。電話しますか?」 「電話したい!でもお母さんとお父さんにも会いたい!」 という事で、彼女の遺体が運ばれた病院へと向かった。 「このは!このは!いやぁーーーっ!!!」 泣き叫ぶお母さんの肩を、優しく抱き寄せているお父さんも涙を流している。彼女の小さな顔は青白く、皮膚は水でふやけている。首には絞められた茶色い痕。本当に殺されたみたいだ。 「お母さん!お父さん!」 彼女は2人に駆け寄り、抱きついて泣いた。 「ごめんなさい!ごめんなさい!」 何をそんなに謝っているのだろう。死神の俺には家族は居ない。誰かの為に泣いたりなんてしないのだ。だから分からない。 そんな時、奇跡が起きる。 「このは?このはなの?」 「何を言ってるんだ?」 「このはが近くにいる気がするの!」 「お母さん?」 お母さんが彼女へと手を伸ばし、その透けた体を優しく包み込んだ。2人は泣きながら抱き締め合っている。人間には死者が見えないはずなのに見えているのか?それとも存在だけを感じる事ができるのだろうか。 「このは、ごめんね!お母さん不器用で……」 「私の方こそ、ひどい事言ってごめんなさい!」 「このは、俺たちはお前に何もしてあげれなかったな、ごめん。犯人絶対捕まえるからな!」 お父さんとお母さんからは、深い悲しみと深い憎しみを感じる。犯人がこの子を殺さなければ、家族は離れ離れになる事はなかったんだ。今こうやってみんなで泣き叫ぶ事もなかったはずだ。人間はなぜ、人間を殺すのだろうか。死神の俺には、きっと分からないな。 「死神さん!お母さんとお父さんとお話したい!」 「じゃあ、あの世へ逝きましょう」 俺は彼女の小さな手のひらを握り、遠い青空へと飛び立った。 電話ボックスの扉を開け、彼女に緑色の受話器を渡し「こうやって話すんだよ」と教えた。 「うん、分かった」と彼女は受話器を耳に当て、俺は1のプッシュボタンを押した。 「お母さん!私だよ!このはだよ!」 「このは?どうして?」 「死神さんがね、最後にお母さんたちと電話が出来るって言ったから、今してるんだよ」 「そうなの?すごいわね!嬉しいわ、このはの声をまた聞けて……嬉しい」 「お母さん、泣かないで!ごめんなさい!大嫌いだなんて言っちゃって」 「いいのよ、私が可愛い上履き入れ作ってあげれなかったからよ、ごめんね」 「違うの!お母さんの上履き入れ大好きだよ!でもクラスのゆあちゃんが可愛くない、ダサいって言ってきたから、ついお母さんに可愛くない、大嫌いって言っちゃったの!ごめんなさい!」 「そうだったの?」 「お母さんの上履き入れ、世界一可愛いの!だからあの日、学校の帰りに川に上履き入れを落としちゃってね、取れなくて泣いてたらお兄さんが取ってくれるって近づいてきて……」 「怖かったよね……痛かったよね……助けてあげられなくてごめんね。その人の顔って覚えてる?」 「黒い帽子と、黒いマスク、右目の下に大きなホクロがあったよ!」 「ありがとう、このは。あなたの為に絶対捕まえるからね」 「お父さん、絶対犯人捕まえるからな!約束だ!このは!」 「ありがとう、大好きだよ。お母さん、お父さん……」 そこで、最後の通話は途絶えた。 小さな女の子は可愛く微笑みながら、俺に手を振って天へと昇って行った。 お母さんとお父さんは、絶対犯人を捕まえると言っていた。自分たちの最愛の娘を殺されたんだ。犯人を酷く恨んでいるに違いない。 俺の心にも、憎しみの炎が徐々に灯っていった感じがした。
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