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ウェディング・ベル ②
美しい髪が突風で靡く。ビー玉の様な瞳が、俺の心臓を貫いた気がした。
何だ、この感じ……?
「あ、あの、井上菜々子さん、ですか?」
「はい、あなたは?」
「俺は、死神、です。あ、あの世から来ました。あ、あなたを……迎えに来ました」
声が震えて上手く話せない。心臓がうるさく音を立てる。俺はどうしたんだ?しっかりするんだ!両手で頬をバシッと叩いて、彼女へと顔を向けた。
「死神さん?じゃあ、あそこに倒れているのは私なんですね?」
「はい、あ……」
隣を見るとシン先輩がもう1人の学生の死者といる事に気付く。シン先輩が手招きするので、彼女に一礼して先輩の元へと向かう。
「どうしたんですか?」
「あのさ、この子がビルの上から自殺したみたいなんだけど……その時に下を歩いていたのがあの子みたいなんだ」
先輩が井上菜々子さんを指差す。
「あの子に逆上されないようにこの子をこそっと連れていくからさ、後は上手く説明しといてくれ。よろしく!」
そう言って先輩と学生の子はあの世へと昇っていった。
じゃあ、彼女はさっきの子の自殺に巻き込まれたという事?勝手な理由で殺された様なもんじゃないか。怒らずに納得してくれるだろうか。
「あの、井上菜々子さん……」
彼女に見つめられ、緊張しながらも自殺に巻き込まれた事を説明した。彼女の大きな瞳が一瞬曇り、「そうですか」と切なげに微笑んだ。
「その人を憎んだりしないんですか?その人のせいで巻き込まれて死んでしまったのに」
「そうですね……確かに酷い話ですね。でも辛い事から逃げる為に自殺する気持ちも分かるんです」
「自殺する気持ちが?」
彼女は顔を上げ、遙かなる天空を見つめながらまた口を開く。
「私、昔恋人を事故で亡くした事があるんです。彼が居なくなった事をなかなか受け止めらなくて、死にたいって何回も思った」
彼女に悲しい過去が?
波風で焦茶色の髪が揺らめいて流れる。心音が高鳴ってその髪に触れたいなと思い、伸ばした手を引っ込める。
髪に触れたい?今日の俺はやっぱりおかしいな……。
「そうですか、あの、この世に未練はありませんか?あの世に逝く前に少しだけ時間があります」
「死神さん、私……3日後に結婚するんです。会社の後輩でね、やっと実った恋で……」
彼女の涙が頬をつたう。悲しみの雨は次から次へと降り注ぐ。
3日後に結婚を?それなのにこんな事故で死んでしまったのか?
それは酷すぎる。神様はどうしてそんな酷い事を?この前の好き同士の2人だって、小さな女の子だって……。
「死神さん?泣いてるの?」
彼女に言われて気が付く。涙が零れ落ちている事に。死神なんて泣かないのに。
頬に手のひらを当てると、生温かい液体に触れるのを感じた。心の奥が痛い。彼女が結婚する事が辛いのか、彼女の運命が悲しくて辛いのか分からない。
「彼に会いに行きますか?」
彼女は首を横に振った。
「いいの。会うときっと辛い。両思いになれて、プロポーズもしてくれて……それだけで充分。会うともっと未練が残ると思うから」
彼女が悲しみに満ちた顔をしている。
彼女を助けてあげたい。
生き返らせてあげたい。
今までに無かった気持ちだ。
自分なんてどうなってもいい。
この気持ちが先輩の言う恋だろうか。
俺は彼女の細い腕を握り締めた。
「やっぱり、彼に会いに行きましょう!」
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