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ウェディング・ベル last
「えっ?死神さん?」
「本当に最後なんです。だから、ちゃんと彼に会った方がいい」
彼女と2人で空へ舞い上がる。今までの景色が色鮮やかに目に映る。彼女の目が煌めいているのは、彼に会いに行くからだ。それでもいいから、この時間が永遠に続いて欲しいと思う。
……彼女にならあの力を使ってもいいとすら思う。
「やっぱり、あの場所に居た。初めてデートした公園。プロポーズもしてくれた思い出の場所」
降り立った彼女はベンチに座っている彼の元へ歩み寄った。彼はぼやっと空を眺めて脱力しているかの様だ。
「菜々子……どうして……うぅ……」
「ごめん、ごめんなさい!瞬くん……」
彼は左手の指輪に額を当て、声を殺して泣いている。彼が彼女の婚約者。背が高く優しそうな彼だ。彼女が事故に巻き込まれて亡くならなければ、3日後には結婚式を挙げていた2人。その先には幸せな未来があったはずなのに。
「幸せになろうって約束したのに……君が居ない世界でどう生きたらいい?なぁ、菜々子?」
「私もあなたと幸せになりたかった。どうして、あんな事故に……。死にたくなかったよ!死にたくない!瞬くんと離れるなんて嫌だよ」
彼女が彼に手を伸ばすと、彼がそれを引き寄せて、2人が抱き締め合っている様に見えた。
2人は愛し合っているだけなのに。ただそれだけなのに。俺はその光景を見ていられなかった。胸が、ナイフで抉られたかの様に痛い。
苦しい。これが……失恋の痛み?
彼女の為に、2人の為に、あの力を使いたい。
本当は神様に許可を得なきゃいけないが、きっとダメだと言われるのが目に見えている。
もう時間もない。
だったら……自分を犠牲にしても……
彼女が幸せになれるならそれでいい。
俺はその事を伝える為に、彼女に近寄った。
「あの、あなたを生き返らせる事は出来ないのですが、時間を1日だけ戻す事は出来ます」
「え?昨日に戻す事が出来るの?」
「はい」
「でもそんな事したら……」
「あなたが幸せになれるならいいんです」
「え?死神、さん?」
俺は彼女を抱き締めて力を込めた。
死神に心臓があるのかも分からない。
でも、こんなにも激しく動いている。
生きている心地を感じる。
君に会うまで恋なんて知らなかった。
ありがとう。
少しでも人間に近付けた事が嬉しい。
きっといつも憧れていた。
限りある命を一生懸命に生きている人間に。
次、生まれ変わったなら人間になりたいな。
体から眩い光が放たれ、彼女を包み込む。
「菜々子さん、お幸せに……」
「ありがとう、ありがとう、死神さん……」
彼女の体は1日前へ。彼女の愛しい笑顔を見つめながら、俺の身体は美しい夕焼けに溶けて消えていった。
◇◇
俺には未練があった。
だから、魂だけがこの世を彷徨っていた。
彼女の幸せな姿をちゃんと見たい、見届けたいという未練。
純白のウェディングドレスを纏っている彼女。
隣にはタキシードを着ている彼。
2人は幸福の微笑みを交わし合う。
色とりどりの風船が舞い上がる空に、ウェディング・ベルが鳴り響く。
カラン
カラン
カラーン
「良かったね、2人共。ずっと、ずっとお幸せに……」
この仕事をしていて分かった事がある。
人間誰にも未練や後悔があるという事。
生きている間は大切な人に素直になれなかったりする。
人間はきっと不器用な生き物だ。
でも生きている今、隣にいる大切な人——恋人、妻、夫、子供、友達、両親などに、素直に気持ちを伝えてみたらどうだろう。
「愛してる」と抱きしめてみたらどうだろう。
少しでも未練が無くなるのかもしれない。
死んでしまってからでは遅い。
今、生きている君たちには未練を残して欲しくないと強く思う。
あの世へ逝った後も幸せに暮らせる様に、〝今〟を大切に生きよう。
過去や未来より、生きている〝今〟が何よりも大事なのだから——。
「さようなら」
俺の魂はやっと昇っていく。
果てしなく続く、幸せの青い天空へと。
end☆彡
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