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駆け込んだのは、半年ほど前まではさくらの妾宅だった、菊の住む家だった。
「島崎はんに沖田はん? どないしたんどすか、血相変えて……その方は?」
「そこの道で倒れていたんだ。悪いがお菊さん、ひと部屋借りますよ」
大変や、と菊は今にもはちきれんばかりの腹をさすりながら水を汲みにいってくれた。その間に、さくらが勝手知ったる様子で布団を並べ、福と赤子を寝かせた。
福は目を覚まさなかったが、大人しかった赤ん坊はぐずり始めた。
「お菊さん、この辺りでお乳をあげられそうな女性が住んでいるかとか、ご存知ですか?」
「そんなら、通いで来てくれてはる女中のお美代はんが、今年二歳(※数え年)になったばかりのお孫はんがおるって話ですわ。せやから、娘さんなら……。お美代はん、もうすぐ買い出しから戻ってきはると思いますから、聞いてみます」
「そいつはありがたい。総司、私は医者を呼びに行ってくるから、ここは頼んだぞ」
さくらは、福の父親を呼びにいくべきか迷ったが、これから診てもらおうとしていた医者の方が近いので、そちらを呼びにいった。
――それにしても、お福さんはあんな小さな赤子を抱えて、どうして一人でこんなところに。
それが一番の謎であったが、福が目を覚まさないことにはどうしようもない。さくらは大急ぎで医者のもとに走った。話を聞いた松本の弟子の弟子・白石は二つ返事でついてきてくれた。
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