9.墓前にて

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9.墓前にて

   河合が切腹してから数日後、新選組隊内でまた死者が出た。  小川信太朗。千両箱の鍵が盗まれたとされる夜、河合と一緒に飲んでいた三人のうちの一人である。  夜半に「すぐ戻る」と屯所を出たきり帰ってこないので、脱走を疑い捜索したところ、複数の刀傷を受け、絶命しているのが発見された。  あたりは暗く目撃者はほとんどいなかったが、近くに住む人によれば、小川が数人の男と口論していたのは聞こえたらしい。少なくとも、「話が違う」「五十両は渡せぬ」ということは確かに言っていたという。  おそらく、五十両を盗んだのは小川で、それを繋がりのあった不逞の輩と山分けでもしようとしたのだろう。だが直前になって金に目がくらんだ小川は金を渡すのを拒んだ。それが「話が違う」ということなのだと考えれば、一応の辻褄は合う。  とは言え、不可解な点も残る。現に、なぜあれだけ持ち物を検めたのに五十両が出てこなかったのか。すでに使い込んだのなら小川が「五十両は渡せぬ」と言ったのもわかるが、改めて小川の人相を説明したうえで方々聞いてみても使われた形跡には行き当たらなかった。それに何より、いくら河合が酔いつぶれていたとはいえ、鍵を盗んで誰にも見られず千両箱を開けて金子(きんす)を出し、また鍵を戻すということが本当にできたのだろうか。  だが結局は、死人に口なし。真実は闇の中である。下手人の素性や逃走先は、(よう)として知れない。さくら率いる諸士調役にとっては、大きな仕事がひとつ増えることになった。
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