9.墓前にて

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 ***  一旦屯所に戻って用事を済ませ、さくらは妾宅に向かった。着いてみれば、土間には男物の下駄。 「この既視感……」  自分の間の悪さを嘆き、踵を返した。 「ったく、これでは何のための妾宅かわからんな」  幸い今は男装姿だったので、二度手間だが一旦屯所に戻ることにした。余計に歩くのも足腰の鍛錬だと割り切るしかない。 「何のための、妾宅……」  確かに、妾宅という隠れ家を得たことで、さくらの任務はだいぶやりやすくなった。  ――歳三は、いつだって、私にとって、私が新選組でやっていくために、最善の道を考えて、用意してくれていた。そうだ……私は、ずっと、ずっと歳三に守られてきた。  少女の頃から一緒に稽古してきた兄貴分の源三郎、弟分の勇に総司。歳三は……互いに前を見て、武士になるという夢に向かって、切磋琢磨してきた友だった。同志だった。だが、同志たりえたのは、歳三の支えがあったからにほかならない――  ざり、と土を踏む音がした。  振り返ったが、振り返らなければよかったとさくらは後悔した。  歳三が、バツの悪そうな顔をして、立っていた。 「忘れ物を、取りにきただけだ」  ぽつりと言う歳三の顔を、さくらはまじまじと見つめた。先ほどの墓前でのことを思い出したら、なんだか気まずくて会話らしい会話はできそうにない。 「そうか」  それだけ言って、さくらは歳三の横を素通りし、妾宅に戻っていった。遠ざかっていく足音が背後に聞こえ、歳三は屯所の方へと歩き出したのだとわかった。
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