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一旦屯所に戻って用事を済ませ、さくらは妾宅に向かった。着いてみれば、土間には男物の下駄。
「この既視感……」
自分の間の悪さを嘆き、踵を返した。
「ったく、これでは何のための妾宅かわからんな」
幸い今は男装姿だったので、二度手間だが一旦屯所に戻ることにした。余計に歩くのも足腰の鍛錬だと割り切るしかない。
「何のための、妾宅……」
確かに、妾宅という隠れ家を得たことで、さくらの任務はだいぶやりやすくなった。
――歳三は、いつだって、私にとって、私が新選組でやっていくために、最善の道を考えて、用意してくれていた。そうだ……私は、ずっと、ずっと歳三に守られてきた。
少女の頃から一緒に稽古してきた兄貴分の源三郎、弟分の勇に総司。歳三は……互いに前を見て、武士になるという夢に向かって、切磋琢磨してきた友だった。同志だった。だが、同志たりえたのは、歳三の支えがあったからにほかならない――
ざり、と土を踏む音がした。
振り返ったが、振り返らなければよかったとさくらは後悔した。
歳三が、バツの悪そうな顔をして、立っていた。
「忘れ物を、取りにきただけだ」
ぽつりと言う歳三の顔を、さくらはまじまじと見つめた。先ほどの墓前でのことを思い出したら、なんだか気まずくて会話らしい会話はできそうにない。
「そうか」
それだけ言って、さくらは歳三の横を素通りし、妾宅に戻っていった。遠ざかっていく足音が背後に聞こえ、歳三は屯所の方へと歩き出したのだとわかった。
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