10.谷兄弟の凋落――兄の場合

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 ***  それから数日後。  谷三十郎は約二ヶ月に及ぶ大坂での隊務を終え、西本願寺屯所に戻ってきていた。  腰に差しているのは、真新しい刀。その刃はまだ血を吸っていない。切れ味を試したいような、だが綺麗なまま手元に置いておきたいような、どちらとも決めかねていた。それでも、一番はやはり常に身につけていたいという思いである。  まずは、ここまでの任務の報告と挨拶を兼ねて、勇の部屋を訪れた。くだんの刀は自身の右側に置いている。 「谷さん。どうでしたか、大坂は。私も広島から戻ってからまだ日が経っておりませんで、大坂はおろか京の情勢も土方たちから聞いてやっと知るようなありさまで」  勇はにこにこと笑みを浮かべ、お恥ずかしい、と頬を掻いた。反して谷は自信たっぷりに、「それがですね、局長」と切り出した。 「大坂にも、長州系の浪人が溢れておりますよ。連中は表だって京に入れないものだから、大坂では我が物顔とでもいいましょうか。とにかく、隠れる様子もないのです」 「ほう。それでは、引き続き大坂も警戒が必要でしょうね」 「はっ、此度の駐屯で、大坂の情勢もよくわかってきました。再びの大坂出張も辞さぬ思いです。どうぞこの谷三十郎にお任せあれ」  勇は満足げに「それは心強い」と頷いた。
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