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「渋沢が申しておったぞ。新選組の島崎朔太郎、気力胆力十分な武士であったと」
「は、恐れ多きことにございます」
「その渋沢がの、我が弟の昭武とともに、今フランスに行っておる」
さくらは渋沢の屈託ない笑顔を思い返した。あの歳で将軍の弟に随行して洋行するなど、もとは同じ武州の庶民だったというのに雲泥の差だ。さくらは少々惨めな気持ちになってきた。それにしても、慶喜は何故そんな話をするのだろうか。どうせ切腹にするつもりなのなら、一思いにさっさとそう告げてほしいところだ。
「昭武や渋沢がフランスから寄越した文には、こう書いてあった。『彼の国では、武士や農民といった身分の別はなく、また女性たちも国を動かす一員であるとの考えを持ち、男たちと対等たらんと日々奮闘している』とな。まるでそなたのようではござらんか。いや、フランスといえども、男の形をして武器を取る女子はそうおらぬか」
慶喜の「はっはっは」という笑い声が、静かな部屋で奇妙に響いた。さくらは通り一遍に「お、恐れ多きことにございます」と返事をした。
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