🌸花巡り 花惑い そして…花灯り🌸竹久夢二、伊藤晴雨を虜にしたモデル「お葉」の物語

１ 診察室

診察を終えると
お葉は襟を直しながら
来た時と同じように
下を向いて黙った。

スラリとしては居るが
彼女の肉体は
いわゆる旧式の
花柳界の女のような
華奢な肉体ではなかった。

女としては上背（うわぜい）もあり
肩も腰もしっかり骨が張っている。

普段から人の体を見つけている先生は
お葉の骨格を
着衣の時から見抜いていた。

さすがに洋画家のモデルとして
世渡りしてきた彼女の肉体は
西洋人のように立体的で
均整がとれている。

伸びやかな四肢
しっかりとした長い首
厚みのある胸と胴。

しかし、
そんな健やかな肉体に対して
顔の表情は頼りなく
視線は虚ろだった。

患者というものは大抵
医者に対して
症状をクドクド説明したがるが
お葉は、問診に対して
まるで人ごとのように素っ気ない
それが一つの症状だ、と
先生は見抜いた。

彼女は
生きることに
疲れている。

カルテに
「Despression(鬱)の疑い」
と英語でかき入れる。

アメリカで最新の臨床研修をした先生は、
ドイツ語ではなく英語で
カルテを書く。

アメリカ式の新しい医学では
体の病と、心の病を
分けては考えない。
だから、内科医として
心の問題を
いつも見落とさないように気をつけている。