二月の詩

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ほんの少し仕事に集中したつもりだったが 気づいた時には女性の姿はカウンターから消えていた ぼんやりと、その席の方を眺める 近い席に座っても 同じ時間を同じ店で過ごしても 俺が一方的に見つめていただけであって その女性と接点を持つことはない 人の出会いとは本当に不思議なものだ 満員電車で肩を触れ合わせた知らない誰かは 物凄い勢いでパーソナルスペースを犯しているのに 言葉を交わすことはない 遠い昔、母に連れられ乗った電車で 斜め前に座った年配の女性は 鞄を開き、ミカンや飴を『良ければどうですか?』と手渡してきた そうして、知らない誰かと誰かは どこへ行くのか、どこから来たのか と、短い旅の時間を共有したものだ 殺伐とした現代社会において 同じことをしても あの柔らかい時間はもう持てないのかもしれないな PCの電源を落とし 冷めてしまった残りわずかなミルクを飲み干し帰り支度を始めると 足元に淡い緑色の紙が落ちていた ダストボックスに捨てようと それを拾い上げると 宛名の書かれていない和紙で出来た葉書だった
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