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暗いことではなく、楽しいことを考える。例えば、涼と一緒に遊ぶこと。彼女と一緒にやってみたいこと。もうすぐできなくなるというのなら、まだ可能性があるうちに、目いっぱい彼女と楽しみを共有しておきたい。
涼とやってみたい、楽しいこと。それは考えるまでもなく、ぱっと思い浮かんだ。
花火だ。
以前、涼は「花火しよう!」と、のっぺらぼうのもとに花火を持ってきた。けれども、できなかった。涼が持ってきたのは花火のみ。火をつける道具や消火用の水を、持ってこなかったのだ。第一、神社で花火をするのは危険である。数十年前のこと、夜中に数人の若者がやって来て花火を始めたのだが、火花が茂みに燃え移って、危うく火事になりかけたことがあった。
そのため、のっぺらぼうは、花火は危ないと涼に言い聞かせ、代わりに蝉の羽化を一緒に見たのだった。蝉は夜に羽化するが、間違えて真昼間に出てきたうっかりものの蝉が、ちょうどいたのである。蝉のさなぎがかえる様子に、涼は目を輝かせていたし、満足そうに笑っていたから、充分花火の代わりになったはずだ。
しかし本音を言えば、のっぺらぼうだって一緒に花火がしたかった。色とりどりの花火は綺麗だ。眺めているだけでも、楽しい。
のっぺらぼうは空を仰ぎ、どうにか涼と花火ができないかと、考える。
花火をするには、火が必須だ。花火というくらいなのだから、当然だ。しかし、火は危ない。
のっぺらぼうは、早速行き詰った。緩やかに流れる雲を、ぼんやりと眺める。
空の端の方に、ちょうど炎のような形の雲があった。炎といっても、鬼火や狐火だ。丸っこい雲の塊から、長々と尾っぽのような筋雲が伸びている。
「狐火……」
のっぺらぼうは、ぽつりとつぶやく。そして、はっと閃いた。
狐火で、花火の真似事ができないだろうか。
決して不可能ではない。狐火を作り出して上手く操れば、それらしく見せることはできるはずだ。
だが、すぐさま頓挫する。のっぺらぼうは、項垂れた。
術が使えないのっぺらぼうは、そもそも狐火を作り出すことができない。術の得意な妖怪に協力を仰げばどうにかなるかもしれないが、頼み事を聞いてくれる仲間に心当たりはなかった。
名案だと思ったが、結局行き詰ってしまった。しかし、あきらめきれない。一緒に花火ができれば、涼はきっと喜ぶ。のっぺらぼうの頭の中に、はつらつとした涼の笑顔が浮かんだ。
ふいに、微かな足音がした。
先ほどの野狐たちが追ってきたのかと、のっぺらぼうはどきりとする。素早く音のした方へ振り返った。
視線の先に、すまし顔の白狐がちょこんと座っていた。
「間抜け面を晒して、何をしている」
のっぺらぼうに間抜け面も何もないはずなのに、嫌味ったらしく白狐は言う。
のっぺらぼうは、むっとした。しかし、むっとしつつも思う。もしかしたら、これは何かの導きなのではないかと。
まるで、のっぺらぼうの心を見計らったかのように、白狐は絶妙な時機に現れた。
彼は、神社に祀られるほど、力の強い妖狐だ。術を使うのはお手の物、である。
のっぺらぼうは姿勢を正し、白狐を真っすぐ見つめた。
「白狐、頼みがある」
白狐はぴくりと耳を動かすと、大げさに首を傾げた。
「ほう? お前が頼み事とは珍しいな」
素っ頓狂な声とは裏腹に、白狐の玉虫色の瞳には妖しい光が揺らめいている。
のっぺらぼうは、どきどきと鼓動が速くなるのを感じた。恐怖が足先から上ってくる。神社の祭神たる白狐に頼み事など、とんでもなく畏れ多いことをしているような気になってくる。
のっぺらぼうは、うつむいて唾を飲み込む。けれど、どうにか言葉を絞り出した。
「涼と花火が見たい。力を貸してほしい」
風もないのに、ざわざわと梢が揺れた。白狐は何も言わない。
無言は恐怖をあおる。のっぺらぼうの肌が粟立つ。だが、のっぺらぼうは逃げなかった。じっと立ちつくしたまま、白狐を待つ。
やがて、白狐は言った。
「……力を貸してやらんこともない」
白狐の答えは思わせぶりだった。のっぺらぼうは、恐る恐る視線を上げて白狐を見た。
「一つ条件がある」
白狐が言った。
「条件?」
聞き返しながら、のっぺらぼうは身構える。白狐の出す条件が、生易しいものとは思えなかった。
白狐はゆらりと尻尾を揺らすと、にんまりと口の端を上げた。
「小豆の氷菓を寄越せ」
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