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「できた!」
揚々と涼が叫び、手にした短冊を掲げる。
「ほら、書けたよ! 見て見て!」
涼がのっぺらぼうに、緑色の短冊を見せつける。おそらく、あまり綺麗な字ではないのだろう。紙からはみ出しそうな勢いで書かれている文字は、ところどころ線が震えている。いくつか見覚えのある形があったが、のっぺらぼうにはまるで分からない。綺麗か汚いかはさておき、書くことだけでなく読むこともできないのだった。
「……読めない」
正直に言う。すると、涼は短冊をなぞりながら、そこに書いてある願い事を読み始めた。
「りょうとずっと、ともだちでいられますように」
また、心の奥で音が鳴った。さっきよりも、大きく。のっぺらぼうは、涼が持つ短冊を食い入るように見つめた。
涼が書いた、のっぺらぼうの願い事。どうしてそんなことを書いたのか。しかも涼は、それが「自分の願いと一緒」だと言っていた。
呆然としているのっぺらぼうをよそに、涼はうきうきと別の短冊を手に取った。
「こっちの黄色のが、わたしの願い事だよ」
そう言って、また願い事を読み上げる。
「わたしのには、のっぺらぼうとずっとともだちでいられますように、って書いたの」
また鳴った。のっぺらぼうの心の中で、ひと際大きく音が弾む。鼓動が速くなり、胸が苦しくなってくる。
だからどうして、涼はそんなことを書くのだ。何も分かっていないだけなのだろうが、それでも辛くなってしまう。
のっぺらぼうにとって、涼の願いは残酷だった。やがて来るその時を、嫌というほど見せつけてくる。
ずっとなんて、あり得ない。どうしたって、のっぺらぼうは、置いていかれる。心に暗い影が湧く。
「あ! 来年はのっぺらぼーも短冊書けるように、わたしが字教えてあげる!」
涼がさらに声を弾ませた。たまらず、のっぺらぼうは言った。
「いい。そんなこと、しなくていい」
突き放すような口調になったためか、涼の顔から笑顔が消えた。真顔で、ただひたすらのっぺらぼうを見つめている。その視線が痛くて、のっぺらぼうは顔を逸らした。
「……わざわざそんなこと、しなくていい」
のっぺらぼうがつぶやけば、涼はすかさず尋ねる。
「なんで?」
答えることができず、のっぺらぼうは黙り込んだ。
「のっぺらぼー……?」
不安そうなか細い声が、のっぺらぼうを呼ぶ。しかし、のっぺらぼうは応えなかった。
沈黙の中、葉擦れがささめく。ふいに、小さなぬくもりが、のっぺらぼうの頭に触れた。
「あのね、願い事は叶うよ。一番高いところにかざるから、大丈夫」
とても優しい声だった。のっぺらぼうの胸が詰まる。
のっぺらぼうは、顔を上げた。
夏の夜空のような瞳が、のっぺらぼうを見つめていた。すべてを見透かすような、澄み切った瞳。
もしかしたら涼は、何もかも知ったうえで、そう願ったのかもしれない。そんな考えがよぎった途端、のっぺらぼうは、彼女のその真っすぐさと強さが、無性に腹立たしく思えた。
のっぺらぼうは、呻くように言った。
「……叶わない。叶うわけがない」
「え?」
ぽかんとした涼の表情に、さらにいらいらが募る。「やめろ」と制止する心の声を無視して、のっぺらぼうは言った。
「願ったところで、叶わないんだよ」
「なんでそんなこと言うの!」
涼が大声を上げた。眉を寄せて、泣きそうな顔になる。のっぺらぼうはすぐにしまったと思ったが、放ってしまった言葉は取り消せない。
瞳を潤ませながら、涼が叫ぶ。
「さっきもしなくていいとか、そんなことばっかり! もういい!」
涼はすっくと立ち上がると、振り返ることなく走り去ってしまった。のっぺらぼうが制止する間もなく、あっという間にその姿は木立の向こうに見えなくなる。
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