一章 謎の結晶と魔法学園

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「色々と説明しないといけない事はあるんだけど~、それはこのハイ・クリスタルの中にある入学説明書をよくよく読んでくださいねぇ! 星空のローブのサイズを合わせておく事と、スタヴィオンさんで自分の弓を作っておく事! これだけはぜぇーったい忘れないように!」 「ちょ、ちょっと待ってくれ」 「とにかくご入学おめでとう~! あと何か言うことあったっけ? あっ、寮生活になるので着替えは用意した方が良いと思いまぁす! それから、ハイ・クリスタルの中から物を取り出す時はしっかりと中身を掴んで引き出してくださいね~! それじゃあ、九月に会えるのを楽しみにしてますっ!」 「いや、待ってくれ……!」  アーロンの小さな叫びもむなしく、一方的に扇状に広がっていた光は一本の線に閉じ、程なくして消えてしまった。宙に漂っていた結晶は、乾いた土に落下して力なく転がる。それはまるで、アーロンの心の動きを表しているようだった。  家の前でがくりと膝を落とし、アーロンは頭を抱える。 (意味が……意味が何も分からない……。俺はもしかして世界基準だと相当馬鹿だったのか? それかとんでもなく無知だったのか……?)  学校で、家庭で、村で勉強してきた常識がアーロンの頭の上を通り過ぎていく。自分が知らないだけで、村の外ではこんなにも奇天烈な常識がまかり通っているのだろうか。そんな恐ろしい想像が脳を大暴れしてかき乱している。  アーロンが必死に頭を痛めていると、背後に足音が近付いた。 「あにき、こんな家の真ん前で何してるの?」 「おにい、こんな夜にお腹でも痛いの~?」 「か、カロン、コロン。お前達……ちょっと、これを見てくれないか」  アーロンはよろよろと立ち上がる。手のひらに結晶を乗せると、目を丸くしている妹達に向かって差し出した。空いた片手で痛む眉間を押さえる。 「俺も今、頭の整理が追いつかないんだが……この結晶からしてあまりに謎が多すぎて、一度お前達の意見を聞きたい」  姉妹はきょとんと目を瞬かせた。 「え? あにき、頭打ったの?」 「え? おにい、疲れてるの?」 「え? 何の話だ?」  三人の頭上に一斉に疑問符が浮かぶ。数秒の沈黙が流れた後、カロンがアーロンの手のひらを指さした。 「これを見てくれって、あにきの手の上何もないじゃん」 「大丈夫~? 星祭りの準備でくたくたのへとへと?」 「……は?」  アーロンの背筋が凍りつく。素早く視線を落とすが、手の上では確かに白い結晶が素知らぬ顔で輝いている。カロンとコロンの純粋な視線が痛々しくアーロンの胸に刺さった。とても嘘をついているようには見えない。  姉妹は二人顔を見合わせる。カロンがぱちんと片目をつむってアイコンタクトをすると、コロンがこっくりと頷いた。  それからの行動はすぐだ。カロンがアーロンの腕をひっつかんで体の向きを変えると、コロンがその背中をぐいぐいと押し始める。 「おにい、ご飯! ご飯食べたら元気になるよ~!」 「そうそう! あにき、今日あにきが好きなカボチャとサーモンのパイを焼くって母ちゃん張り切ってたよ!」 「いや、俺は……っ」 「レッツゴーご飯! レッツゴーご飯!」  前方に腕を引くカロン、後方に背中を押すコロン。更に二人の声がそろったレッツゴーご飯の合唱も揃ってしまえば、アーロンはお手上げだった。結晶の存在を証明したくとも、今はアーロン自身もその存在を疑わしく思っている。何とも言えない混沌とした思いに全身を支配されながら、アーロンはカロンが開けた家の扉の下をくぐった。いつもだったら気分を高ぶらせるパイの香りも、今は効果が半減している。  妹達に押され、玄関も通り過ぎる。後は廊下を通ってダイニングルームに向かうだけとなったところで、リビングからアーロン達の前を通る影があった。 「アーロン。カロンとコロンと一緒に帰ったのか」 「じ……じい様っ」  神が舞い降りたような心地だった。カーキ色のローブを脱いだ祖父は、妹に囲まれるアーロンを微笑ましく見ている。アーロンは咄嗟に姉妹の囲いを振り払い、眼力鋭く言い聞かせた。 「二人とも、先に行ってろ。俺はじい様と大事な話がある」 「何~? また星祭り? ご飯前なのに~」 「村長って大変だなー。あたし妹で良かった」  つまらなそうに言って、二人はダイニングルームに入っていく。アーロンはすぐに祖父を振り返った。祖父をまっすぐに見つめるアーロンの顔は必死で、今にも額に汗が流れそうだ。ただならぬ様子に、祖父は優しく言った。 「顔色が青いぞ。家に入るまでに何かあったのか?」 「じい様、ごめん。何も言わずにこっちに来てくれないか」 「ふむ……良いだろう。夕飯が冷めるから、少しだけな」  アーロンは祖父を連れて、無人のリビングへと足を進めた。真っ暗な部屋に一度明かりを付けて祖父を入れる。ドアノブを持つ手が緊張で震えた。 (じい様なら……カロンとコロンが分からなくても、じい様ならきっと……!)  二回大きく深呼吸してから、アーロンは震える指で再び電気を消す。アーロンの目には、手のひらの上に真っ白い結晶が乗せられていた。引きつりそうになる喉を振り絞って声を出す。 「……じい様。俺の手の上に、何か見える物はないか?」  つま先の血の巡りが分かるほどに、心臓が脈を打っている。何も見えない暗闇の中で、アーロンはじっと返事を待った。落ち着きなくずっと目を開いているから、乾いて痛くなってきている。 「…………ううむ」  小さなうなりが耳に届いた。明確な答えが返ってくる前に、アーロンはがっくりと肩を落として電気を付ける。これ以上アーロンは、祖父に余計な気を遣わせたくなかった。それは見えないという返答をしてしまったらアーロンが悲しむと分かっていて、敢えて答えを返さなかったように。 「何も、見えなかったなら……それで良い」  遅れて湧き上がる悲しみを堪えて目を伏せる。肩を落とすアーロンに、祖父は眉を下げた。 「すまんな。わしはお前の望む答えをやれそうにない」 「良いんだ。夕食前にいきなり悪かった。戻ろう」 「待ちなさい、アーロン」  静かに背中を向けたアーロンの肩へ、低い声と共にしわのある手が置かれる。振り返ると、目尻をとがらせた祖父が真摯にアーロンを見つめていた。 「お前は夕食前に、いたずらに人を連れ出すような子じゃない。……手の上と言っていたな。その手の上に、何かあるのか?」  アーロンは目を見開く。落ち込んでいた呼吸が戻って、整理の付かないまま口を開けた。 「あ……ああ。よく分からない、結晶……みたいな物が。俺もよく分からないんだ、カロンとコロンには見えなかったみたいだし、じい様ならと思ったんだけど……」 「ふむ、そうか」  祖父は頷いて、必死に助けを求めるアーロンの瞳を見つめた。それから、しわの多い目尻をゆっくりと細める。 「それならわしは、自分の目よりお前の言葉を信じよう。お前にこれ以上そんな顔をさせるくらいなら、わしの目なんぞ節穴で良い」 「! ……じい様……」  アーロンは言葉を詰まらせた。祖父に結晶が見えた訳ではないのに、大きな安堵が胸の奥に降りてくる。それから、空いた手のひらをぐっと握りしめた。 (やっぱり、じい様はすごい。俺も、じい様のようにならないと……)  動揺に浮ついていた足下が地に付くのを感じる。ふ、とアーロンは息を吐いた。 「ありがとう、じい様。気が済んだ」 「おお、もう良いのか。おいしく夕飯が食べられそうか?」 「ああ。腹も減ったし、母さんが腕を振るってくれたみたいだからたくさん食べるよ」  そう言って、小さく笑うアーロン。結晶をポケットに入れると、祖父と並んでダイニングルームに向かった。
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