一章 謎の結晶と魔法学園

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 ルーナ家のダイニングルーム。レンズ豆たっぷりのスープが温かい湯気を上げ、シーザーサラダが大皿に盛り付けられ、メインディッシュのカボチャとサーモンのパイが切り分けられた状態で肩を並べる。  妹達と祖父に加えて父と母、祖母も席に付き、いただきますの声と共に家族は手を合わせた。 「アーロン、今日はお疲れ様。星祭りの準備はどう?」  母がサラダを小皿に取り分けながら微笑む。アーロンは涼しい顔で答えた。 「明日の昼には終わると思う。なあ、誰かエトワール魔法学園って知ってるか?」  エトワール魔法学園。それに真っ先に食いついたのは、昼間に散々魔法への憧れを語り散らしていた姉妹だ。 「魔法学園!?」 「魔法の学校!?」 「カロン、コロン。想像の話は置いておけよ」  目を輝かせる妹二人にしっかりと釘を刺して、アーロンは他の大人の表情を伺う。きょとんとした反応を返すのがほとんどだったが、父だけは考え込むように俯いていた。 「エトワール魔法学園……。聞いたことあるな。確か、世界の中心にある有名な芸術学校だ。音楽や絵画、舞台など様々な芸術を『人を魅了させる魔法』とする事から、魔法学園と言うらしい」 「えー!? じゃあ魔法の学校じゃないの?」 「魔法を勉強する学校だと思ったのに~」  カロンが手に持っていたフォークを投げ出す勢いで体を仰け反らせ、コロンが頬を膨らませる。二人の反応をアーロンは何とも言えずに黙って眉を寄せたが、隣に座る父は声をあげて笑った。 「ははっ、魔法を勉強する学校か。そんなものがあったらみんな行きたくなるんじゃないか?」 「行きたいよ! あにきはともかく、あたしとコロンはぜーったい行くよね」 「うんっ。学校やめてぜーったいそっちに行くもん!」 「こらこら、学校はちゃんと行くんだぞ。それでアーロン、エトワール魔法学園がどうかしたのか?」  父からの問いに、アーロンはそっと口を開ける。 「今日、エトワール魔法学園から俺宛てに入学許可証みたいなのが届いたんだ。九月から、その学園に行くことになる……と思う」 「えっ!? エトワール魔法学園にか!?」 「そ……そんなに驚くことなのか?」  父はアーロンへ、見開いた青い瞳をずずいっと寄せた。大袈裟なリアクションに体が引いてしまうアーロンだったが、父は興奮した様子で大きく頷く。 「それはそうだ! エトワール魔法学園は、お父さんもよくは知らないがものすごいエリート校って話だぞ! その出身ともなれば村の外でも自慢出来るくらいだ!」 「村の外にも? すごいじゃないアーロン! お母さん鼻が高いわ」  父の興奮につられて母もはしゃぎ出した。今度は逆にはしゃいでいた妹達がぽかんとしてパイを口の中に入れる。祖父と祖母はにこにこと見守っていた。 「何がいるのかしら? そんなにすごい学校に行くのならうんと良い服着ていかなくちゃ。今度大きな町に出て買いに行きましょっお父さん」 「そうだな! 良いネクタイもちゃんと買ってやろう。星祭りの準備も頑張ってるみたいだし、とびきりのヤツを買わなくちゃな」 「あ……ああ、ありがとう、父さん、母さん。まだ入学証の中身は見てないから、後で部屋に入って見てみる」  アーロンのパイを食べる手が速くなる。  見えない壁に四方八方から押される心地だ。  好物の味はとてもおいしいはずなのに、アーロンの内心は椅子から腰を浮かせたくなっている。さっくりと焼き上げられたバターの香りとカボチャの甘み、ホワイトソースが絡んだサーモンの塩味をぎこちなく味わった。 「そうかぁ、アーロンがなぁ……。芸術学校なんて何をするかサッパリだけど、頑張ってくれよ」 「お母さんも応援するわ。九月までにおいしいものたっくさん作るわね」  両親の心からの祝福に、アーロンは小さく笑みを返した。  家族の笑顔に囲まれて食事を終えた後、アーロンは二階にある自室に戻った。青を基調としたベッドと勉強机、学校の教科書や植物の育て方が並んでいる小さな本棚と、全体的に殺風景な部屋だ。  アーロンはポケットから透明な結晶を取り出し、机の上に転がして部屋の電気を消した。うっすらと白い結晶は今もアーロンの目に見えている。 (……そんなに格が高い物だったのか)  勉強机のデスクライトを付けて机の上だけ明るくすると、再び結晶を手に取った。  大きな金平糖にも見えるそれは、とてもじゃないが中に物を入れられるようには見えない。指を折ってコンコンとノックすると、固い音が返ってくる。 (中の物を、しっかりと掴んで引き出す……と言っていたな。まずこの中に手なんて入れられるのか……?)  おそるおそる、何度か結晶の表面に指紋を付ける。指の腹をくっつけただけだと暖かくも冷たくもない、ただの固い感触が返ってくるだけだ。  思い切って、ぐっと中に向かって押し込んでみる。  すると、沼の中に突っ込んだかのように、急に結晶の中にずるりと手が丸々入り込んだ。 「いっ……!?」  結晶と手首の境〈さかい〉から水面のように波紋が広がっている。肝心の中はというと、ジェル状と言うべきか、手のひらにぬるく纏わり付いてくる液体の感覚があった。  違和感と気持ちの悪さに、アーロンは顔色を真っ青にしながら中を探った。指を押し進めていくと、指先にこつんと何かが当たる。 (あった。……これか?)  指を動かして形を確認してみる。細い筒状の物だった。言われた通り筒をしっかりと掴んで、中から引っ張り出す。  野球ボールほどの大きさしかないはずの結晶から、ずるっと何倍もの長さのある賞状入れに似た丸筒が引き抜かれた。アーロンは鷹のような鋭い目をまん丸にする。 「この、いくつ謎を生み出せば気が済むんだコイツ……!」  丸筒を片手に頭を抱える。この仕組みの一体どこが芸術学校なのか、あまりにもツッコミどころが多すぎる。  エリート校は入学許可証を送るだけでもここまで凝った仕掛けを施してくる物なのだろうか。丸筒を開けるのも怖くなってくるが、この状態で前に進まないわけにも行かないので渋々開ける。  中には数枚の紙が入っていた。アーロンは一番手前に入っていた紙を、机の上に広げる。そこにはこのような事が書いてあった。 『入学許可証  親愛なるアーロン・ルーナ様  あなたは厳正なる審査の結果、エトワール魔法学園の新入生に選出されました』 (審査……? そんなのいつしたんだ?)  アーロンは読みながら首を傾げる。学園の名前を聞いたのも今日が初めてなのに、試験を受けに行った事なんてある訳がない。眉間に皺を寄せながら続きに目を通す。 『よって、以下の権利を合わせて得る事とします。 ・当学園での学費及び寮の生活費を全て当学園の経費に計上し、免除とする事 ・当学園での生活に必要な制服等の品の購入費を全て当学園の経費に計上し、免除とする事 ・当学園での生活に必要な制服等の品の修理費を全て当学園の経費に計上し、免除とする事  入学の詳細事項は別紙を参照し、集合場所や時間は厳守でお願いいたします。集合場所にてお姿が確認できなかった場合、ご連絡を差し上げる事があります。  それでは、九月にお目にかかれる日を楽しみにしております。  エトワール魔法学園学園長』 「……」  アーロンは詐欺師を見る目で紙を見下ろした。 (う……胡散臭い……!!)  えも言われぬ、人生初の衝撃。じわじわと胸を侵略する嫌らしい痛みに頭を痛めながら、ゆっくりと腕を組む。 (学費、寮の生活費、必要な物の購入費も全部免除……? いくらエリート校だって言っても怪しすぎるだろ。それに、ずっと村で暮らしていた俺をどうやって審査したんだ? 無差別に送ってるんじゃないだろうな……)  ひとしきり唸りながら、丸筒に入っていた物の中から一際鮮やかな色合いの小さな冊子を取り出す。同梱されていた学園のパンフレットだ。結晶との間に心理的な分厚い壁が急ピッチで建設されながらも、アーロンはパンフレットを開く。  そこに載っていた事は、確かに父の口から出ていた事ばかりだった。  世界有数の芸術学校として名を馳せており、音楽、絵画、舞台、あらゆる芸術を「魔法」と謳いながら日々生徒達の感性を磨き続けている旨が書いてある。  シャンデリアが明かりに使われた、白と紺を基調とした絢爛な内装。北斗七星が使われた校章。星空色の大きな時計盤が目印の、城のような外観。セキュリティ面の安全もアピールされている。  これらをすべて嘘だとするには流石に無茶があるだろう。父の評判と一致もしている。少しだけ心を落ち着かせ、アーロンは次の紙を机の上に開いた。 『九月一日の入学式までには必ず、こちらをご用意ください。 ・星空のローブ(制服。入学許可証と一緒にクリスタルに入っています) ・弓(スタヴィオン様にて作られたオーダーメイドの物) ・筆記用具  教科書類は教室で配布します。また、学園は電波が通っておらず電話を使用出来ないので、ご家族と連絡を取り合うための便せんを持ってくる事を推奨しています』 「……文通、って事か?」  混乱のあまり声に出して独りごちる。 (あまりにも意味が分からなすぎて、もう文通必須くらいだと何も驚かなくなってきたな……)  そう思いながら紙を畳むアーロンの顔は、数分前より明らかに疲れていた。  他にも入寮許可証や弓を作る店であるスタヴィオンの案内なども入っていたが、結局この日は全ての案内に一瞬だけ目を通してさっさとベッドに潜ってしまったのだった。  
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