一章 謎の結晶と魔法学園

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「悪い、もう一回言ってくれ」 「私、エトワール魔法学園に入学するんだけど」 「もう一回」 「私、エトワール魔法学園に入学する!」 「……」  アーロンは何も言わずに、ただただその場に崩れ落ちた。瞬きのひとつもせずに体が凍り付いている。  様子がおかしいアーロンに対して、ミューは不思議そうに目を瞬かせた。 「アーロンくん?」 「……もう一回だけ言って貰っても良いか」 「大丈夫? 耳が壊れちゃった?」  怒りを煽っている訳でもなく、純粋な心配で声をかけるミュー。アーロンは頭を押さえながらふらふらと体制を立て直した。 「耳が壊れたと言うより、あまりの衝撃に脳が破裂しそうだった……。待てよ、入学するって話なら……お前、あの光に当てると透明になる結晶を持ってるのか?」 「結晶って、あの入学許可証と制服が入ってた大きな金平糖のこと? あれなら部屋に置いてあるよ~。ちょっと待っててね、取ってくる!」  普段通りの笑顔のまま、ミューはぱたぱたと小走りで部屋から出て行く。  風邪を引きそうな温度差に放心状態になっていたアーロンだったが、程なくしてミューがリビングに帰ってきた。  小さな手が電気のスイッチを切る。確かに、ミューの手にもアーロンの物と同じ結晶が白く輝いていた。  小窓から差す光が切ったばかりの前髪を照らしている。ソファの上に転がされた結晶を、アーロンは暗がりの中でじっと見つめた。 「手に取って見ても良いか?」 「うん、どうぞ~。中身はほとんど空っぽだよ」  アーロンはミューの結晶を手に取り、目と鼻の先に寄せて回しながら眺める。やはりアーロンの物と同じく、小さな文字が刻まれていた。 『親愛なるミュー・テッラ様。星降る夜、惑星の街で会いましょう。エトワール魔法学園学園長より』 「……本当に俺の物とまったく同じだ。というか……ミュー、お前もこの結晶が見えてるって事だよな?」 「見えるねー。じっちゃにも見せてみたけど、じっちゃには見えなかったみたい。私も私にしか見えないと思ってたよ」 「そうか……。この結晶、お前の所にはいつ来たんだ?」  尋ねながら、アーロンは結晶を置いてあった場所に戻す。そしてポケットから自分の結晶を取り出して横に並べた。色も形も変わらない二つの塊が、こつんと寄り添い合う。 「えーと、半年前くらいだったかな? 家の前に落ちてたのを夜に見つけたの。最初は明るくなると見えなくなるしびっくりしたんだけど、部屋に置いてるうちに綺麗だな~って慣れちゃった」 (慣れるものなのか……)  昨日のアーロンを振り返ってみると、にわかには信じがたい。特に結晶から物を取り出した時の感覚が普通になる日が来るとは、到底思えない。アーロンは顔をしかめた。 「しかし、半年前か……。俺が結晶を見つけたのは昨日だったから、結晶が家の前に落ちてくるか誰かに落とされる日にはばらつきがあるみたいだな。もう入学準備は済ませたのか?」 「あとは着替えの服だけどうしようかなーって。全部終わったらアーロンくんに村から離れる事を言おうと思ってたから、先に言われてびっくりしちゃった。あっ、アーロンくん、星空のローブと弓の準備はした?」 「星空のローブと弓……?」  アーロンは昨日の記憶をたぐり寄せる。  その二つは、入学式までに用意しなければいけない必需品として書いてあった物だ。ああ、と思い出して小さく頷く。 「紙に書いてあるのは見たが、昨日はまだ目を通しただけだからな。星祭りの準備もあったし、まだ何も手は付けていない」 「じゃあ、今からアーロンくんの星空のローブを合わせて、弓を作りに行こうよ! 弓を作るスタヴィオンさんってお店の場所は私と一緒だと思うから、案内できるよ!」 「良いのか? 助かる」  昨日から混乱続きで、落ち着いて用意が出来るまで時間がかかりそうだったところだ。これ以上ない救いの手が差し伸べられて、アーロンは表情を明るくした。  ミューはにこにこと笑いながら自分の結晶を手に取る。 「まずはね、星空のローブ! この中に入ってるから、こうやって取り出すんだよ」  言うが早いか、ミューは結晶の中に笑顔で手を突っ込む。  戸惑いも迷いも一切ない行動に、せっかく明るくなったアーロンの表情が一瞬にして引きつった。 「ミュー、それ……感触とか色々気持ち悪くないか?」 「そうかな? 私は平気だったよ」 「そうか……。そういえばお前は昔から、度胸があるというか適応能力が高いというか……そういうところは強かったからな」  アーロンはしみじみとつぶやく。  しかし、いくら本人は平気そうだと言えども、ミューの手が結晶の中にずっぽりと入っている光景は気分が良いものではなかった。  しばらく結晶の中をまさぐった後、勢いよく何かが引き抜かれる。  そこには濃紺のローブが掴まれていた。生地の端に縫われた金の刺繍も立派な光沢も、それが安物ではない事を主張している。光が当たる場所によって出来るグラデーションは確かに美しい星空を見ているかのようで、その名に恥じない代物だ。  ミューは引き出したローブを身にまとう。直接採寸したわけでもないだろうに、恐ろしいほど体にぴったりなサイズだった。 「じゃーん! 似合うかな?」  小柄な体が立ち上がって、その場にくるりと回ってみせる。小窓から差し込む光が天然のスポットライトだ。白銀の髪と紺の輝きがお互いを引き立ててよく似合っていた。  しかしどうしても目に付く、ぼさついた髪の毛。アーロンは肩を竦めた。 「前髪と寝癖を直せばもっと良かっただろうな」 「あっ、ちょっとひどい。ねえねえ、アーロンくんも着てみてよ~」 「仕方ないな……少し待ってろ」  アーロンは自分の結晶を拾い上げると、同じく結晶の中に手を入れる。 「うっ……」  指先から手首まで、ぬめりのある液体にまとわりつかれるような感覚。やはり早々には慣れず、腕に鳥肌が立つ。  平気な顔で取り出していたミューとの落差を感じつつ、アーロンは無限の空間にも感じられる中身をまさぐった。やがて布の端に指が触れ、丸筒の時と同じく手を伸ばしてそれをひっつかむ。  ずる、と引き抜かれた布の塊は、ミューの物と同じローブだった。  この際結晶の大きさに物の大きさが釣り合わない事にはもう何も思わないが、持ち上げてみると明らかにおかしな点がひとつあった。 「いや、大きすぎないか……?」  アーロンは眉をひそめる。  肩の高さまで持ち上げてみても、布が余って床に広がっている。肩もアーロンの二倍は広く、これでは巨人の着るローブだ。  怪しんでいるアーロンの横で、ミューがにこっと笑う。 「大丈夫だよ~!」 「……何がどう大丈夫なんだ」  アーロンはミューの何の信憑性もない言葉を信じて、とりあえず袖は通してみることにした。  ……その結果。まるで自分が子どもになって大人の服を着たかのように、肩はぶかぶかで、袖は余り、床には布が引きずっている。頭のフードも試しに被ってみたら、鼻まで隠れてしまう大きさだ。  サイズはだらだらしているがしっかりとした作りの布で重くなった腕を持ち上げて、アーロンは顔をしかめた。 「おい、ミュー。これ、不良品なんじゃない――」  か。そう言いかけた瞬間、胸を止めるボタンに添えられていた菱形のピンバッジが、まばゆい光を放った。  直視してしまったアーロンの瞳に光の針が刺さって、目が眩む。 「うわっ!?」 『身長百七十二センチ、アーロン・ルーナト認識シマシタ。伸縮開始』 「し、伸縮……!?」  アーロンが眩んだ目をしぱしぱと開こうとしている間に、肩が軽くなり、手首が布に覆われなくなっている。  少し足を上げてみると、床に引きずっていたはずなのに膝の辺りに布の端が来ていた。  段々と視界が開けていく。  数秒前まで巨人のローブだったはずが、アーロンのサイズにぴったりの大きさになっていた。腕も足も邪魔にならない程度に動かしやすくなっている。  アーロンの開いた口は、いつまで経っても塞がらない。 「な、な……」 「ねっ、大丈夫だったでしょ?」 「…………」  事情を知っているとばかりに横で笑顔になっているミュー。  わなわなと震える拳を突き上げて、木々に囲まれた緑の土地にアーロンの叫びが木霊した。 「――知ってるなら先に言えッ!!」
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