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1-2 十二の勇者
「んっ·····。」
体を包むふかふかな感覚とともに湊はゆっくりと目を覚ます。
見知らぬ天井。寝ている右側からは何やら話し声が聞こえる。
「お、起きたか少年。大丈夫かい?」
スタイルの良い男性がベットで目覚めた湊に気が付き、咄嗟に心配の言葉をかける。だが湊はまだ寝起き。その言葉が耳には届くがその言葉を理解する脳までは働かず、とりあえずベットから上半身を起こして周りの状況把握から始まる。
「こ、ここは·····?」
電車で自殺をしたところから記憶が無い。確か自殺をしたあと地獄に突き落とされて、怖いモンスターと対峙して、それで……。
「まだここは地獄·····なのか?」
「はぁ?兄ちゃん頭大丈夫かぁ?」
その言葉にやっと気が付き、声が聞こえた右側の方へと視界を移動させていく。テーブルを挟んで座る大人の男性が二人。どうやら先程話しかけてくれた人とは違う大柄な男が言葉をかけてくれたようだ。
太くて低い安定した声にこの言い方。確かどこかで聞いたことのある声だった気がするが·····。
――はぁ?何言ってんだお前。また殴られたいか?
「あー!あの時殴ってきた人だ!」
「おまっ、そこは殴ったじゃなくて救ったの方を取れよな!あとそんな勢いよく指を指すな!」
「ウラシル、君はそんな暴力をこの少年に行ったのかい?私はとても傷ついたよ。」
「いやいや団長!こいつの言っていることは全部嘘ですって!まさかそんな暴力は·····。」
――痛い!まだ父さんにもぶたれたことないのに·····!!
完全に思い出した。この騎士の人はあの時確かに殴ってきた。頭のてっぺんを小手の鎧で確かに殴った。嘘なんてついていないし、これは紛れもない真実だ。なのにあの人は·····
「いや本当ですって団長!信じてくださ·····」
無言で睨みつけている湊の視線に気が付き、弁解の言葉が途切れるウラシル。その視線に気づいた団長もすかさず、
「子供は正直だ。少年は疑いの目を君に対して向けている。今白状をして少年に詫びればペナルティーは課さないつもりでいるのだが、その上で君の取る最善の行動は一つ。もう騎士隊長なんだからわかるね?」
「はい·····。」
先程の勢いはどこへやらという程に落ち込むウラシル。団長に言いくるめられた騎士隊長ことウラシルは座っていた椅子から立ち上がり、ベットで休む湊に向かって、
「申し訳なかった。」
と頭を下げながら一言。その光景を後ろで眺めていた団長はとても満足げな顔をしている。
理性的でスタイルも良くてイケボ。この団長がもし現世にいたらモデルにでもなれるんじゃないかと思う程の魅力がある。すなわち勝ち組だ。
「ところでウラシル騎士隊長。少年くんが起きたら話しますと言っていたものがあったが、いったいそれは何なのかね?」
「あっ団長!それがですねこれを見てくださいよこれを·····!!」
そう言いながら少々強引に湊の左腕を掴み取り、左手の甲を団長に向けて見せる。
何の変哲もない左手だぞ。何をそんなに驚くんだ。そう心の中で思っていた湊だったが周りの反応はまるで違った。
「――ッ!これはっ·····!!」
団長はその瞬間目を見開いた。そして何度も何度も目を擦り、
「幻覚ではありませんよね。」
と言葉に出しながらも左手の甲を確認する。
一体左手の甲のどこにそんなに驚く要素があるのだろうか。そう疑問に思い、湊も自分の左の甲を覗き込むように視界に映す。すると、
「な、なんだこれぇええ!!」
なんと左の甲が青白く光っているではありませんか。いつから、どこから、なんでなのかもよく分からない。自殺で死んだ時もこんなものはなかったはずだし、一体どこで·····。
「兄ちゃん、一体いつから発現していたんだ?」
やはりみんな思うことは同じだ。この左手の甲に疑問を抱く。だが、
「――分かりません。」
自分でも分からない。いつから左手がこうなってしまったのか。そしてこれはなんなのかすらも分からない。
「うーん。」
動揺を隠せない二人。しかしそれを見ていた団長は至って冷静であった。
「ところで少年くん。君はどこから来たのかな?どうやら珍しい服装もしていたそうだけれども、何か知っているのではないかな?例えばそう、十五年前の亜人大戦だとか。」
「――ッ!!」
ウラシルは亜人大戦という言葉に目を見開き、反応を示す。どうやら何か二人も事情を抱えているらしいが、
「すみません。その亜人大戦もこの左手のことも何もわからないんです。俺は日本という国から来て、その服装は高校の制服だってことくらいしか·····。」
「はぁ?にほん?お前いい加減調子乗ってるとまた·····」
「ウラシル落ち着け。一旦話を聞こう。」
「っ·····。団長が言うなら·····。」
興奮したウラシルを止める団長。しかしこの反応からしてどうやら元いた世界とは別の世界であることは間違いない。あまり刺激するようなセンシティブな言葉は使わないほうが良さそうだ。
「そのにほんという国は一体どんな国なんだい?高校というものは何かな?」
「えっ、はい……。まず日本という国はワビサビ文化というものが中心となった国で、いわば無常こそが美しいみたいな思想を持った国です。本州四国九州北海道並びに多くの島からなる列島国で、俺の祖国でもあります。そして高校というのはいわば学び舎のようなものです。そして自分はそこで学問を学び、その制服というものが先程言っていた珍しい服装です。」
「ほう、なるほど。ウラシル、にほんという国はあるか?」
気がつけばウラシルはテーブルの上で地図のようなものを広げていた。
「はっ!にほんという島国は地図に描かれた国の中にはありませんな·····。」
「なるほど。そうすると嘘をついているか未知の国であると断定付けられるのですが、」
団長はそう言ってじっと湊の目を見つめる。そしてそこから何かを感じとったのか、
「どうやら嘘はついていないようですね。分かりました。」
と緊迫の瞬間は解ける。だがまだ質問攻めが終わった訳では無い。
「では次に質問なんだけれど、君は十二の勇者を知っているかな?」
「十二の·····勇者?」
なんだその厨二心をくすぐる名前は。十二の勇者は全く知らないがとても気になる。
「うん、どうやら知らないようだね。ウラシル、面倒臭いから説明よろしくね。」
「は·····?ははっ!」
一瞬疑問の声をあげた気がするが、まぁそこは無視しよう。
「ごほん。ではご清聴願おうか。まずこの世の中の情勢からだ。この世の中はかつて人間と亜人が仲良く共存をしていた。お互いの王同士が結託しそれを実現させていたのだ。しかし、ある時事件は起こった。」
「それがさっきの·····」
「そう。亜人大戦だ。俺ら人類からしたら亜人大侵攻とも言うがな、亜人が突如人類を襲い始めたんだ。」
なるほど。だからゴブリンが斧を振りかざして襲ってきたわけだ。しかしそれと十二の勇者はどんな関係があるのだろうか。
「過去にも亜人が突如侵攻したことや逆に人類が侵攻したこともあった。しかしその均衡を保っていたのが十二の勇者だった。十二の勇者は世界の均衡を保つために存在し、神から世界を乱すものを打つ役割が与えられている。」
「待ってください。だったらその勇者達がいれば亜人大戦も直ぐに収まって均衡が保たれるんじゃないんですか?そしたら·····」
「いや、現実は違ったんだ。本来バラバラに点在している勇者たちは目的を果たすためにひとつの場に自然と集まり十二人が集結するはずだった。しかし亜人大戦が起こった際に集まったのは八人だけだった。」
「八人·····!?じゃあ残りの四人は一体どこへ·····。」
「分からない。その真相は誰にも分からないんだ。だが一刻を争う中その四人を探しに行く訳にも行かない。こうして八人の勇者は亜人の侵攻を前に奮闘をした。だが勇者達は敗れ去った。人類は負け、均衡が崩れたのだ。」
「――――」
「ハッハッハ!まぁ黙り込んでしまうのも無理はないだろう!なんせ今回は初の事例だったからな!ただその大戦のせいで三人の勇者が亡くなり、二人の勇者は行方不明となった。」
「えぇ!?」
湊は驚きのあまり大声を出してしまう。
自分が元の世界で見ていたラノベなどでは勇者というものは絶対的存在。死ぬことなどはありえない、そう思っていた。しかしこの世界では当たり前のように死ぬ。しかも三人もだ。
「だが安心してくれ。勇者の能力は神からのプレゼント。その後は適切なものへと能力が継承される。それは死んだとしてもだ。だからこの世から勇者が消えることはないのだよ。そしてその力を明け渡されたものが今この場にいる。」
「えっ·····それってまさか。」
まさかそんなことが起こるとは思ってもいなかった。自分にそんな幸運なことが起こるだなんて····。
「――団長さんなんですね!!」
「「違うわ!!!」」
二人は瞬時に湊へとツッコミを入れる。そしてウラシルは少々呆れた口調で、
「あの流れでなんで団長だと思うんだよ。それが君なの。君の左手の甲をよく見てみろ。どんな形のマークが彫られている。」
そう言われて湊は再び自分の左手の甲を確かめる。細長いマーク。確かに青白くマークが彫られているのが確認できる。そしてこのマークは·····。
「――銃?」
「そう、銃だ。お前は神に選ばれし勇者の力の継承者。射の勇者なんだ。」
「な·····なんだと·····。」
自分が勇者の力の継承者。
衝撃の事実が判明し、湊はその場で固まった。
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