劇的な変化を求めたあの日

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 不気味な笑みを向けた後、朝霧は私の元へと戻ってきた。 「さてと。葵、そんなところに居ないで、こっちに来なよ。過去の私だよ?」  霧島葵は教室には入らず、ドアから顔を覗かせていた。 「ちょっと葵? もしかして私のこと嫌いなの?」 「……嫌いじゃない。けど、過去の紫は少し苦手」  そう言って、すぐにドアの先へと隠れてしまった。  先ほどとのギャップが凄すぎる。これが本当に同じ人物なのか?  その変化に驚いてしまう。  自分の知っている霧島葵とはかなり違う。少なくとも、こんなに人見知りのような子ではないはずなのだがーー 「ありゃりゃ」  朝霧は可愛い声を出した。 「ごめんね? 悪い子じゃないんだけど、やっぱり過去に色々あったからさ。重ねちゃうみたい。ごめん、許してあげて?」 「あ、別に大丈夫ですよ。私は未来の霧島葵について感情というものがありませんから。私が嫌いなのは、過去の霧島葵。未来は関係ありません」 「そっか。なら良かった」  いや、よくないだろ!  恐らくそれが、今この瞬間に皆が思った感想だ。  けれど、私はそう答えたし、未来の私もそれに納得した。恐らく、それは私にしか分からないことだ。私個人にしか分からないことで、私と同じ思考の持ち主ではない限り、それを納得することはできない。  けれど、別にそれでいいと思う。万人に分かるように答えようなんて思っていないし、分かってほしいとも思わない。自分が分かるならそれでいいと私は思った。それなのにーー 「過去の葵が嫌いなら、未来の葵も嫌いなはずでしょ? 何嘘ついてるの?」  その声の主は、こちらの世界の矢吹琴子。  未来の矢吹はお休み中とのことだから、今のところ矢吹は1人しかいない。 「ちょっと琴子……!」  隣にいた霧島がそれを制す。  けれど、矢吹の口は止まらない。 「そもそも、過去とか未来とか何言ってるの? というか、何普通に受け入れてんの? 未来から来たとかふざけたこと抜かして、勝手に話して、勝手に解決するのやめてくれる? 授業妨害しているって気付いてないの? 嘘つきは泥棒の始まりだって、もしかして知らない?」  きゃきゃきゃと、気色の悪い声を出した矢吹に、朝霧は不快な顔をした。 「ああ、あんたが過去の矢吹琴子か。未来でもそうだけど、あんたって本当にブスなんだね。しかもよく喋るくせに支離滅裂。私と彼女に対して文句を言いたいのであれば、片方ずつ言いなよ。ごちゃ混ぜにされたら、分かりにくいでしょう?」  朝霧は深い溜息とともに言った。 「それに、別にあんたとは一言も話していないし、巻き込んですらいないよね? 何しゃしゃり出てきているの? 別に受け入れてくれなくてもいいし、解決なんてしていない。どこを見たら解決したと思うの? 頭大丈夫?」 「なっ……!」 「そんな態度ばかり取ってるから、あんたは霧島葵に見限られて、友達を辞めさせられるんだよ。いい加減に気付いたら? あんたは人のことをバカにできるほど、偉い人間なの? そうやって人を見下して、無理してあんた楽しいわけ?」 「はあ? 無理なんてしてないんだけど?!」 「そう。無自覚なんだ。可哀想な人だね」  本当に哀れで仕様がない。  そんな表情を朝霧は見せた。  それが気に入らなかったのだろう。  矢吹は朝霧に近付いた。 「ちょっと琴子!」  霧島の制止を振り切って、矢吹は朝霧の前に立つ。  朝霧は全く怖いとすら思っていないのか、普通に立っていた。 「なに? 言いたいことがあるなら言いなよ。幸い、止めるはずの教師もいないみたいだし」  いつの間にか教師が姿を消していた。  どのあたりから消えたのかは知らないが、正直いてもいなくても、大して変わらないと思った。  この場にいたとしても、この騒動を止めることなど、出来なかっただろう。  矢吹が朝霧を殴ろうと拳を握った。  その時ーー 「矢吹! いい加減にしなよ!」  叫んだのは、このクラスのリーダーである蓬莱彩芽(ほうらいあやめ)だった。  蓬莱は凄く怒っていた。それはそれは誰が見ても分かるほどに。 「蓬莱? なんでそんなに怒っているの?」  まあ、至極真っ当な質問だなと私は思う。  ここまでの話で、本当に関係のない蓬莱彩芽。蓬莱が口を挟まなければ、1度も蓬莱彩芽の名が口に出されることなく、朝霧たちは教室を後にしただろう。  けれど、それも不可能になった。  朝霧はつまらないものを見るかのように、ただ黙って見つめている。 「あのさ、子供みたいなことをして、時間を無駄にするのやめてくれない? 口で言われて暴力で返そうとするのは、本当に子供のすることだと思う。それは、あなたが負けを認めたことと同じだよ」  お、そこを指摘するか!  何故か私の胸は踊る。 「彼女を殴って何になる? それに、さっきの出来事が本当に未来のあなたたちなら、矢吹、あなたは葵に捨てられたということにーー」  ああ、それは本当のことすぎて、むしろ言ってはいけない……  私と朝霧は、同じことを思っただろう。  けれどもう遅い。矢吹は標的を朝霧から、蓬莱へと変更。蓬莱の胸ぐらを掴んだ。 「別に殴りたいなら殴ればいいけどさ、それで葵があなたと友達を続けるとは、到底思えないけどね? 葵と友達を続けたいのなら、それをすることはお勧めしない。そして、言動に気をつけなければならないのは、葵もそうだけど、あなたも同じだ。そんなんじゃ、本当にあなたから葵は離れていってしまうよ?」 「そんなわけがーー」  矢吹は霧島のことを見た。  霧島はとても傷付いた表情をしていた。  ギリっと奥歯を噛み締めた矢吹は、その手を離して距離を取る。  丸く収まった、と言っていいだろう。  朝霧は興味がなくなったのか「じゃあ、私たちはそろそろ帰るね」と言った。  朝霧は私に手を振ると、そのまま教室を後にした。
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