劇的な変化を求めたあの日

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 16年も生きている。  その言葉は完全にスルーだった。  過去の自分だから、というのもあるのだろうが、少し寂しさを感じた。 「皆そんなものだよ」 「えっ……?」  朝霧のことを見ると、どこか懐かしむ様子で目を細めた。やってきたウェイターが「失礼します」と断りを入れてから、朝霧の前にアイスティーを置く。  置かれたアイスティーを前に朝霧は「ありがとうございます」と丁寧に礼を言う。その後、私に向き直った。 「こんなに生きちゃった。それは皆いつか必ず思うこと。それが早い人もいれば遅い人もいる。それは人それぞれだよ」 「そうなの?」 「そうだよ。それに、そういうものだよ」 「けど、流石にそう思うには早いと思うんだ。今は確かに16だけど、13くらいの時には死にたいって思っていたし。色々と早すぎると思うんだけど」  周りが賑わっている中、休日を楽しんでいる中、私は何を言っているのだろう。こんなことを言ったって、分かってくれる人なんていない。それはもう過去の経験から知っているはずじゃないか。 「ごめ……何でもない……」  何でもないから忘れてほしい。  そんな言葉は言わせてもらえなかった。 「早くないよ」  その言葉で掻き消された。 「早いわけがない。それが普通だよ。当たり前のことだよ」  朝霧はとても辛そうな顔をしていた。  まるでこの痛みを共有しているかのように。 「死にたいだとかもう長生きしたとか、そう思える人は色々と考えている人だ。ただ生きているだけ。流れに任せて生きている人は、きっとそんなことは思わない。そう思うってことは、君が生きているっていう証拠だよ」 「生きている……証拠?」 「そう。それが生きている証拠だよ。心臓の鼓動が聞こえたら生きている。物に触れられたら生きている。誰かと会話をしたら生きている。生きているの概念なんて沢山あるけど、一番生きていると思えるのって、悩んで苦しんで、それでも前に進めた時じゃない?」  自分とは言え、その言葉は妙な説得力があった。  その言葉は信じられると思った。誰も理解しようとしてくれなかった。16でもうそんなことを考えているの? ってバカにされて笑われて。ずっと1人だった。  けど、今は違うと思える。私には彼女がいる。未来の自分だけど、それでも、分かってくれる人がいる。それだけが救いだった。 「朝霧さん、ありがとう」  感謝の言葉を言わずにはいられなかった。  それくらいにその言葉に救われた。 「私はあなたの悩みを根本的に解決することはできない。できることは、ただ言葉を投げてあげるだけ。それしかできない。幾ら過去の自分と言えど、考えていることは年を重ねるごとに変わってくる。私の価値観とあなたの価値観が一致するとは限らないからね。だから、これくらいしか言えないけど、辛くなったらいつでも言って。相談に乗るから」  微笑みを向けられた私は、何だか申し訳なく感じた。気を遣わせてしまったような気がした。何も言えなくて、私は顔を俯かせた。  けれど、そのことについて朝霧は特に何かを言ってきたりはしなかった。  思い出したかのように「そういえば」と言った。 「あの日からの生活はどう? 少しは変化があったかい?」 「なんでーー」  私が学校で何か劇的な変化を求めていた。そのことを知っているかのような視線を向けられ、思わずどうしてそのことを知っているのかと訊ねてしまった。  けれど、朝霧は特に考える素振りも見せず「だって過去の私だよ? 価値観が違うとは言ったけど、大体同じだろう? 高校1年生の頃の自分を思い返せば、その答えは簡単に出てくるよ」  8年前の感情を覚えている?  凄い記憶力だと私は思う。思うけれど、もしかしたら自分も覚えているのかもしれないと思う。  楽しかった。毎日が充実していた。  そんな日々を送っていたら、確かに忘れるだろう。8年の騒ぎじゃない。翌年には忘れている。けれどそれでも覚えているのは、毎日がつまらなかったからだ。毎日変化を求めていたからだ。  同じ感情を繰り返して。  自分の人生に変化が来ることを待っている。それが今の私だ。私なんだ。 「そう、ですね。朝霧さんの言う通り、私は変化を求めている。あの日から私の生活は変わらないです。私の生活は」 「私の、ということは、他の人には変化があったということかい?」  その言葉に頷く。  その通りだったからだ。  自分に変化はないが、別の人間にはその変化があった。無理やり作らされたという雰囲気ではあったが、それでもあったに越したことはない。 「主に変わったのは霧島の方ですね。霧島は本人が変わり、矢吹は周りが変わった、と言った感じです」 「ああ、やっぱり変化はあるよね。もしかして、霧島が矢吹のことを避けるようになった、とか?」 「凄いですね。どうして分かったんですか?」  全くその通りだった。  あの日から矢吹に対する霧島の様子が変わった。それも最悪な方向に。  朝霧は言った。 「ただの勘さ」
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