劇的な変化を求めたあの日

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 ああ、ほら。  一体誰がそんな話を、他人に口外することができるというのだろうか。 「当時矢吹琴子は1歳で、その後、母方の祖父母に預けられ、そのまま育った。矢吹の両親が亡くなった翌年、祖父母は実の両親だと偽り、2人の男女を連れてきた。それが、忙しいとされる偽の両親。血の繋がりがない矢吹の親だ」  朝霧の言葉に感情というものはない。  ただ事実を淡々と述べていた。 「矢吹琴子は、親の愛情というものを知らない、可哀想な子だ」  少しだけ、朝霧の言葉に感情が乗る。  哀れみという名の、悲しき感情が。 「矢吹琴子の新しい両親は、仕事で忙しい上に、別に子どもが欲しかったわけじゃないみたいなんだ。ただ母方の祖父母に頼まれて、仕方なく親を演じることにしたと。だから矢吹のことを構おうとしなかった。そして、それを頼んだ祖父母も、新しい両親に任せて、自分たちの時間を楽しんだ」  ああ、だから矢吹はーー  私は納得してしまった。  そして、私の考えを正すように、朝霧は言葉を続けた。 「その結果、矢吹は大人ではなく、仲の良い友達に愛情を求めるようになった。離れて欲しくないんだ。一緒にいてくれることで、愛情というものを感じていたい。そう思うようになった。矢吹琴子は可哀想な人だよ」  何え言えばいいのか分からなかった。  それでも私は必死に言葉を紡いだ。聞きたいことが山ほどあるから。 「つ、まり……矢吹が私を嫌う1番の理由は、矢吹に愛情を注がないランキング1位に選ばれたから、ということですか?」 「恐らくね。もちろん他にも理由はあるだろうが、1番はそれ。いや、違うか。それは2番目だろうね」 「2番目? ああ、そうか。あれが1番か」 「心当たりがあるんだね?」 「そりゃあ、まあ……あれのせいで矢吹は私を標的にし始めたので」  それが、私が霧島と友達になったことだ。  あれがきっかけで、私は矢吹のいじめのターゲットにロックオンされた。  まだ霧島と仲が良かったときは、霧島が牽制してくれていたおかげで平気だったが、仲が悪くなった瞬間にそれが壊れた。  その日から私はターゲットだ。クラスの人間もそれを止めたりしない。止めたりなんかしたら、自分が標的にされると分かっているから。 一応私も、それくらいは理解していた。だから別に、クラスの人間を責めようとは思わない。無責任だとは思うが。  朝霧の話が本当だとして、恐らく矢吹に1番の愛情を注いでいたのは霧島だろう。いや、霧島本人にそのつもりはなかったのかもしれない。けれど結果的に、矢吹はそれを愛情と捉えた。  だから私のことが許せなかったし、離れようとする霧島を手中に収めようとしている。それは分かった。理解した。  けれどーー 「それでもいじめをしていいはずがない」 「確かに、その通りだね」  朝霧は頷いた。  それは私の言葉に同意を表す頷きだったのだろうか。それともーー 「そういえば、聞きたいことがあるのですが、聞いても大丈夫ですか?」 「聞きたいこと? もちろん構わないよ?」 「朝霧さんが未来の私だということはあの日に納得しました。けれど、なぜ過去に来たんです? 何か理由でもあったんですか?」  朝霧1人だけなら、矢吹から逃げただとか色々と理由はあるだろう。けれど、3人とも過去に来たというのは、不思議な話だ。それにーー 「今日は霧島さんは一緒じゃないんですね?」  霧島葵の姿が見えないことが気になっていた。 「ああ、霧島? 霧島なら今は家にいるよ。相棒に任せているから、私は今日1日フリーなんだ」 「相棒……ですか?」  過去に来ての相棒というのはないだろう。  なら、未来から来た別の誰か?   一体誰がーー 「恐らく君はまだ出会っていない。君が高校を卒業して大学1年生になったときに出会うと思う……」  朝霧はそこで言葉を止めた。  どうしたのだろうか? 私は不思議に思う。 「あのさ、話の途中で申し訳ないんだけど、その君のことを紫ちゃんって呼んでもいいかな? 君って呼ぶの、なんか嫌でさ」 「え、ああ。私のことは好きなように呼んで構いませんよ。私も勝手に朝霧さんと呼ばせていただいているので」  その言葉に朝霧は安堵した様子を見せた。 「中断させてしまってすまないね。私の相棒とは、大学生になってから1ヶ月後に会うと思う。もちろん、未来が変わっていなければだけど」
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