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少しの間、沈黙という間があった。
どうしようかと考えあぐねていると、朝霧がゆっくりと口を開いた。
「ごめんね、質問に一つ答えていなかったね」
「質問……ああ、どうして過去に来たのか……というやつですね? 答えたくないなら無理して答えなくてもーー」
「いや、質問には答えるよ。聞かれたことは答える。そこで誤魔化すと、ダメ人間に堕ちてしまいそうだから」
いや、流石にそこまでにはならないと思うのだが……未来の自分は自分にも厳しいようだ。
「なぜ私たちが過去に来たのか、という質問だけど、実際のところ、それは分からない」
「分からない? つまり意図的に来たわけではないと?」
「ふふ。意図的にこちらの世界に来てもすることがないよ」
確かにその通りだ。
私は頷く。
「あの日、過去に来る前日に、霧島葵を救い出し、矢吹から遠ざけた。次の日、目が覚めると私はなぜか矢吹に監禁されていた。まあ、霧島のことは、彼氏がどうにかして守ってくれるだろうとは思ったけれど、なぜ自分が監禁されているのかは分からなかった。状況的に矢吹が過去に連れてきたように見えたけど、恐らくそれも違う。もっと別の誰かが意図的に私たちを過去に連れてきたとしか思えないんだ」
別の誰か。
それが誰なのかは分からないが、面倒なことがこれから起こる。そんな予感が私を襲う。
「それでね、私としては、これ以上紫たちに関わらない方が良いかなと思ったの」
「……え?」
何を言われたのか分からない。
思考が停止する。
「私たちのせいで、すでに紫たちを巻き込んでしまったけれど、これ以上巻き込むわけにはいかないと考えてる。けど、これは私の勝手な意見であり、勝手な思いだ。紫の意見も聞いておきたいと思って。紫はどう思う? 紫がこれ以上は巻き込んで欲しくないというのなら、私は今すぐにでもこの場からーー」
ああ、これが価値観の相違か。
同じ意見になることなんてない。類似することはあるけれど。
その言葉の意味が分かる。
恐らくその瞬間が今なんだ。
私たちは今、同じことを考えているようで別のことを考えている。
「私は、別に巻き込まれただなんて思っていませんし、これからも思うつもりはないです。出来ることなら、これからも変化していく日常を送りたい。だから、関わらない方がいいだなんて冷たいこと、言わないでほしい」
「……分かった、こめんね」
朝霧はその言葉に頷いた。
恐らく、私はとても傷付いた顔をしていたと思う。
けれど、それ以上に朝霧の方が傷付いた顔をしていた。その時、私は後悔した。言わなければよかったと思った。自分の意見なんて言うもんじゃないと、改めて意識した。自分の意見を言ってあの時も関係が壊れた。分かっていたはずなのにーー
忌々しい思い出が蘇ってくる。
ギリっと奥歯を噛み締めた。
「朝霧さん、あのーー」
訂正しよう。朝霧の言葉に従おう。
そう思い口にしたその時「訂正はなし」と唇にトンと人差し指が置かれた。
「……!?」
「今、私の顔を見て傷付けたと思ったでしょ? そして自分の言葉を訂正しようとした」
「な、んで……」
「私と同じだったから」
にこりと笑った朝霧に、私は何も言えない。
変な顔をしていただろう。自覚があるほどにおかしな顔だったと思う。
けれど朝霧はそこについては触れずに、言葉を重ねる。
「私はあなたであなたは私だ。価値観が違くても考えは似ている。あなたが私の顔を見て傷付けてしまったと思ったように、私も同じことを思った。あなたの言葉を聞く前から、傷付けちゃったと思った。けれど、言葉を取り消すことはできない。しちゃいけないと思った。だから、あなたもその言葉を取り消そうとしないで」
「どうして……言葉を取り消すのも何をするのも私の自由ーー」
「あなたは私の顔色を伺って取り消そうとしたでしょ? それはやめてほしいの。人の顔色を見ながら意見を変えていたら、自分の意見は一生言えないままだ。そうでしょう?」
「うん、そうだね」
「だからもし取り消すなら、私の顔色は伺わないで。自分の意思で取り消して」
ーー自分の意思で。
それなら私はーー
「ごめん、それなら私は自分の言葉を取り消さない。それが私の本音だから」
朝霧はその言葉ににこりと笑った。
その笑みに、もしかしてと思う。
私に本音を言わせるためにわざと……?
本音を言っても大丈夫だと思わせてくれるために……?
今の私だったら、きっとそんな気遣いできない。
大人っていう言葉は嫌いだ。
嫌いだけど……
ーー大人って凄い。
心の底からそう思った。
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