劇的な変化を求めたあの日

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「ほんっとうに申し訳ない。授業妨害した挙句に、掃除をせずに帰ってしまうとは。えっと、雑巾などはありますか? 綺麗に致しますので……」  まるで先ほどのことが嘘かのように、朝霧は低姿勢で訊ねた。 「ああ、雑巾ならベランダにーー」  取りに行こうともしない教師に、私は溜息を吐く。私はベランダまで歩き、雑巾を数枚取る。 「はい。何枚必要になるか分からないので、取り敢えずこれだけ。水に濡らしますよね?」 「……え、ええ」 「水は廊下にある水道じゃないとダメなんです。面倒臭いんですけど、歩いてもらってもいいですかね? いや、私がやればいいだけの話なんですけど」 「いや、大丈夫だよ。ありがとう」  朝霧は感謝の言葉を言うと、雑巾を持って廊下を出る。私も一緒に出た。その様子を、クラスメイトはただ眺めているだけだった。  廊下に出て、雑巾を濡らしている時「こんなこと聞いていいのか分からないけど、君はあのクラスに馴染めていないのかい?」と訊ねられた。  いや、聞いているじゃん。  そんな心の中で思った言葉は胸に閉じ込め、私は考える。馴染む? 解け込むというやつのことだろうか。それならばーー 「まあ、そうなんじゃないかな。私はあんなクラスどうでもいいから、浮いていようがどう思われていようが、どうでもいいんだよね」  友達に話すかのように、言葉が崩れてしまっている。はっと気付き、私は口元を押さえた。 「す、すみません。初対面で年上の方に、崩した言葉で話してしまって。そのーー」 「ああ、別に気にしないで? 崩した言葉だろうと何だろうと、意味が通じれば何でもいいよ。君、まだ高校一年生だろう? そんなに気にする必要ないんじゃないかな。もちろん、私以外の人には敬語を使ったほうがいいと思うけれど、私にはそんな気遣い不要だよ」 「そう、ですか。けれど、今後のためにも敬語で話させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」  言葉を崩して話してしまっていたくせに、何を言っているのだろう。自分の言葉の不自然さに、なぜか苛立つ。 「ふふふ。君の好きにするといいよ」  朝霧はそんな私に笑みを向けた。  雑巾を絞り終わり、私たちは教室へと戻った。そこには、いまだに呆然としているクラスメイトの姿が。  ーーそこまでのものか?  いや、確かに衝撃的な内容だったが、だからと言って、動けなさ過ぎだろう。大丈夫か? 心臓が止まってしまったのだろうか?  まるで、石にされてしまったかのように、動けなくなっている。  まあ、知ったこっちゃないが。  私は朝霧さんと共に、床についた血を拭く。 「ごめんね、私の血なんて拭かせて。嫌だったらやらなくていいからね?」 「いえ、大丈夫です。別に嫌だとかそんなことないです。それにーー」  私は朝霧を見た。朝霧も私を見た。  視線が交わる。 「何か赤の他人だと思えないんですよね。名前を聞いた時もそうでしたし、今もそう。何か親近感というか、身内のように思えてーー」  朝霧はぽかんと口を開けた。  その表情で、とんでもない発言をしたのだと、自覚した。 「あ、えっと、その……」  あたふたと、どう言い訳をしようか考えていると、不意に彼女は言った。 「もしかして、あなた朝霧紫?」 「え? ええ、そうですけど」 「ああ、やっぱり。この世界はそうなんだ」  1人で呟きだした朝霧に、私は反応することができない。何かを呟いた後、朝霧はきょろきょろと教室内を見回す。否、教室内というよりかは、教室内にいる生徒を見ていた。その証拠として、見終わった朝霧は「彼女が霧島葵?」と私に訊ねた。  視線の先には、確かに霧島葵がいた。  私のクラスメイトの霧島葵だ。  私が頷くと、朝霧はにこりと微笑んだ。
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