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「アデル婆さん、俺だ。クリフだよ」
壁の震動は収まっている。
狩人──クリフは声を上げながら、
玄関が面する居間を進んだ。
木のテーブルと椅子を回り込み、
奥へ続く段差を上がる。
扉のない入口を仕切る布をかき分ける。
先は寝室だった。
正面の壁に窓がひとつあり、
その下に枕を置く形でベッドが一台ある。
盛り上がった掛け布団が、
人の寝ていることを示していた。
だがクリフは、
その光景に太い眉を寄せる。
「…アデル婆さん?
こんな時間から、寝てるのかい?」
「外が騒がしかったからねぇ。
少しでも隠れていたかったのさ」
布団がもぞりと動き、
クリフには聞き慣れたしゃがれ声がくぐもった。
「…でも、玄関が開いていたよ。
不用心じゃないのかい?」
「お前が来ると思ったからねぇ。
錠をはずしておいたのさ」
「…さっきから全然、動かないね。
身体でも悪くしたのかい?」
「わたしも年寄りだからねぇ。
可愛いお前の顔を見たら、
きっと動けるようになるさ」
「…でも、婆さん。
布団をそんなに上げていたら、
何も見えないんじゃないのかい?」
「顔を上手く作れなくてねぇ。
隠しておくしかなかったのさ!」
布団がめくれ、アデル婆さんが跳ね起きた。
だがそれは、クリフの知る婆さんではなかった。
白い寝巻きを着た老婦人の身体に、
獣の頭を載せた異形──
黒い狼が、真っ赤な口を裂けさせる。
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