19人が本棚に入れています
本棚に追加
クリフが銃を構えた。
瞬間、老人の手から生えた爪がそれを薙ぐ。
こらえたものの引き金を引く余裕はなく、
ずれた狙いを戻すには距離が近すぎた。
狼がクリフの喉元へ飛びかかる。
クリフの脇を、何かが過ぎた。
肉を噛み潰す音が響く。
壁に激突したクリフは、
眼前の光景に眼を見開いた。
老人の手が空を掻き、
異形の頭が弱々しい断末魔を上げる。
その首に食いつくもうひとつの異形──
窓の西日を受けて、狼の長い尾が翻る。
狼が狼を食らう様など見たことがない。
呆然としたクリフは、
しかしすぐ我に返って銃口を上げた。
アデル婆さんに扮した狼はすでに息も絶え絶えだ。
もう一頭、今にもこちらを振り返りそうな獣の頭を狙い定める。
その照準が、またずれた。
「撃たないでください。あれは私の子です」
銃身に華奢な手が置かれている。
クリフは顔を横へ向けて、またも呆然とした。
仕切りの布をくぐり抜けて、
彼の肩ほどもない背丈の少女が進み出ている。
一見して、少女だった。
茶のフードからは耳の下で切り揃えられた黒髪が覗き、前を見据えるのは同じ色のつぶらな瞳。
フードと繋がったマントから細い脚が伸び、
膝から下だけがブーツで覆われている。
それでいて、
呼びかけた声は毅然としていた。
黒い瞳の奥に、赤い光が揺らめいている。
婆さんの身体に被さる狼が振り返った。
西日に獣の輪郭が霞む。
禍々しい煙のようなその姿で、
狼は現れた少女を振り仰ぐ。
少女もまた、
自身の胸まである体躯のそれを見つめ返した。
瞳の奥で赤い光が強まる。
最初のコメントを投稿しよう!