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師弟
「開きなさい」
毅然と一言が放たれる。
狼の頭が振れ、前脚が無造作に上げられた。
爪が婆さんの──否、
婆さんに扮した狼の腹を切り開く。
「あっ…!」
クリフの口から声が漏れる。
白い寝巻きの腹を裂かれたことも衝撃なら、そこから赤いものがあふれ出したことも衝撃だった。
クリフの経験上、狼は血を流さない。
だが少女は静かに歩み寄ると、
腹からあふれた赤いものを平然と鷲掴んだ。
「ぅげ…」
思わずどん引くクリフの前で、
赤色はずるずる引き出される。
壁へ更に背中を押しつけてから、
クリフはようやくそれに気付いた。
あの赤色は、血ではない。布地の色だ。
「狼を見たら私を呼びなさいと言ったでしょう、
赤ずきん?」
赤色を鷲掴んだまま少女が言う。
彼女の手元から、幼く高い声がした。
「すいません……でも、
師匠が絶対助けてくれるって信じてました!」
赤い布地がもぞもぞ動き、
ぱさりとフードが落ちる。
師匠と呼ばれた少女に首根っこを掴まれて、
そこにはやはり少女がいた。
十二歳ほどだろうか。
長い黒髪を赤いリボンで結い上げ、首元にはフードの留め具として毛皮のファーを着けている。
掴まれた赤いフード以外は焦げ茶の地味な装いで、
それも奇妙なことに、
ひと昔前の旅人のようななめし革の服だった。
師匠とは対照的に全身を覆った出で立ちだが、
悪びれない笑みを浮かべた顔は抜けるように肌が白く、瞳も冬空を思わせて薄青い。
「そんなところで信用されても困ります。
私はあなたの想像とはほど遠い、
不完全な人間ですよ」
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