30人が本棚に入れています
本棚に追加
写真の中の奥さんは、とても幸せそうに微笑っている。店主さんは自分が不幸にした、みたいに言ってるけど、例え貧乏でも奥さんは一緒に居られて幸せだった筈だ。
そう思うのに、俺はそれを店主さんに言えないでいた。
俺は、きっと店主さんと自分を重ねていたんだ。
今の自分と一緒に居たら、レノアは間違いなく苦労をするだけだろう。俺は彼女に、何もしてやれない。
幸せな未来を想像する事が出来なくて、勝手に今の店主さんと将来の自分を重ねていた。
そんな情けない感情が、言葉を詰まらせていた。
……けれど。レノアは違った。
「そんな風に言わないで下さい。
奥様は絶対に、店主さんと一緒に居られて幸せだったと思います!」
俺と違って、真っ直ぐにそう言い放った。
視線を彼女に向けて横顔を見ると、全く迷いなんて感じない表情と瞳を店主さんに向けて、強く強く、想いを伝えていた。
「店主さんが今も自分を想ってくれている事。お店を持って、夢を叶えてくれて……。こうして今を生きていてくれている事を、絶対に喜んでいます!」
鳥肌が立つ程に眩しくて美しいその姿は、すぐ隣に居る筈なのに遠くて……。俺なんかが触れる事が許されない、不可触の女神だった。
さっきまで感じていた恋のドキドキも、胸のときめきも通り越して、悔しい位の、憧れる姿。
こんなカッコいい女性に、心を動かされない人間なんていないだろう。店主さんの心に奥さんという強い存在がいなければ、きっと年齢なんて関係なくレノアにイチコロだったと思う。
その証拠に、彼女の言葉に気持ちを絆された店主さんは更に自分の過去を見せる。
「……ありがとう。そうお嬢さんに言ってもらえたら、"こんな姿"になっても頑張ってきて良かったと思えるよ」
そう言って店主さんは、ずっとカウンターで見えなかった右手を上げて見せた。
ーー呼吸が、止まる。
それは、さっきの話以上に感じる彼の痛み。
辛い過去。
衝撃と驚きを隠せずにはいられない。
店主さんの右手は、手首から先が、なかった。
何があったのかーー?
なんて、俺には聞けない程にその右手が心に焼き付く。
……いや。
きっと聞けない理由は、衝撃が強かったからじゃない。
最初のコメントを投稿しよう!