第一章 捨てる生命

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ガタッ 思いふけていたがすぐさま現実に引き戻された 追手が近くまできている。 暗闇に紛れて祭壇の奥の間に入り込もうとしたその時 無差別に撃ってきた銃弾が肩に命中した。 相手はかなり焦っている。 ホテルでの銃弾が騒ぎになっているのだろう、 すぐにでも俺を消しに躍起になっているのが見てとれた。 「探せ! 絶対ここに居るはずだ!」 止血が間に合わない 貫通した傷口から溢れ出た血が、白いシャツを赤く染める。 その瞬間 床が液状にぐにゃりと沈み込み、 真っ黒い泥の中へ手足が飲み込まれていく。 「⁉︎」 泥が身体にまとわるように絡み付き、床の中へ引きこんだ。 生き物みたいに蠢いていたが、すべてを飲み込むと後には波紋が広がる。 とぷんー… 身体に全く力が入らない。 そのあり得ない状況に考えも追いつかないまま、 底なしの泥の中へゆっくりと落ち続ける。 苦しい… 息が……… 「…贄になりし人間よ…」 今まで感じた事がない痛みが脳にズキンと走った。 「はぁッはぁッ…!」 呼吸ができるー… ここは…? 辺りは一面の真っ黒い空間に覆われ、頭の中に響く声には脳が侵食される感覚に襲われる。 さっきまで古びた寺院にいたはず。 なんなんだ、ここは…。 死んだ後の世界か? 「…血肉を捧げた人間よ。 其方の望みはなんだ?」 正体もわからない怪異が頭の中へ問いかけた。 「あの寺は我が封印されし場所… 其方の血肉にて結界の印が壊れ、解術された」 果ての見えない深淵から黄金色の大きな目玉が こちらを視ている。 得体のしれない恐怖に抵抗する気力もない。 ただ黙っていた。 「我に自由を与えた其方の願いを一つ叶えてやろう。欲深き人間の子よ、何が願いか?」 「願い…?」 化け物か妖怪か悪魔か、正体不明な目玉は細めながら、一瞬笑ったようにみえた。 「…これ以上生きるつもりはない。ほっといてもあと数分たらずの命だ。わかってんだろ?」 思わぬ返答に笑を含んでいた怪異がピクリとした。 「どうせ叶えてくれるなら、俺を殺せ」 「…あんたなら容易いだろ? それに、自分の死に場所ぐらい自分で決める」 暗闇に目が慣れたのか、その怪異は口の端を吊り上げたのがみえた。 大きく裂けたその口の中には無数の牙が並んでいる。 「……其方、名は?」 「レイン」 よく本当の名を明かす事で命を取られるとか聞いた事があるが、もはや無意味に近い。 死は間近に迫っている。 そんな話もお構いなしにククッと声をあげて笑い出した。 「久しぶりに愉快だな、 レイン、我に死を乞うなど驕り高き欲人め。 其方に相応しい物を与えてやろう」 突然、目が開けられないほどの強烈な光が辺り一面に広がると同時に気を失った。
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