第九章 疑心

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第九章 疑心

ウォルが皇后の治療に部屋を出た後、すぐについてくる様にと、師匠に言われるがままつづいた。 今日はいつもの絹の着物でなく重厚な鎧を身につけている。 正装なんだろうか。 胸に4つ脚の動物らしき見事な細工の紋様が彫られている。 流石に大将軍とうたわれるだけあり、一般の軍人の装いとは一味違っている。 皇宮内の長い廊下を歩いていると、奥の間の方で声が飛び交っていた。 どうやら先程の役人達が何かを王様に訴えている様な話ぶりだ。 丁度立っている位置が向こうから見えない所にあり、2人その場に隠れ話を聞いた。 ーーーーー 「邸下!ウォルファ様の王族として復権を擁立されてはいかがでございましょうか?」 「確かに!王族でありながら医師として民に尽くされて来たので民衆の支持も厚く、 尚且つ諸外国からも日々接見の申し出が届いております。 名高いウォルファ様に皇宮へお戻りいただき、まだ幼い世子様の代理として、 外交の職務について頂ければ、高麗はより強固な国となりましょう!」 「何をおっしゃるか!王族として権威を廃姫されたのに今更、擁立など…今後謀反などを起こされたりしたら…!」 役人達のいい分に、様子を伺っていた王様が口を開いた。 「…無礼な、口を慎め。」 それまで騒ぎ立てていたその喧騒を一掃し、 各々が恭しく揃って頭を下げている。 「今回は皇后の体調の為に呼んだだけだ。」 「ですが邸下‼︎…」 「元の勢力もいつ高麗を脅かすかわかりません!今こそ地固めをしていかなければ…!」 「どうか、賢明なご判断を!」 王様は役人達の一方通行な会話に呆れてため息をついていた。 …なんて身勝手なんだ。 当事者の気持ちなんてこいつらには通じない。 でもなぜ俺をこの場に連れてきたのだろうか …… 何かざわつく… 頭の奥から煙の様に何かがユラユラ上がってくる。 「愚かな人間どもが…」 ズキンッ 紫雲が脳内へ語りかけてきた。 腹の奥から怒りの感情が沸々と湧き上がる。 自分の体の中の別な生き物が、外へ向けて黒い殺意を放っている。 ダメだ…意識が少しずつ侵蝕されていく。 紫雲‼︎ ーー左腕に激痛が走り、同時に火がついたみたいに熱い。 爪が肉に食い込む程ギュッと右手で抑え込んだが、みるみる内に指先まで左腕は真っ黒な鱗で覆われた。 数秒前まで人間の指だった五指からは異形な程に鋭利な爪が伸びている。 ガタンッーー 痛みと熱に耐えきれず、その場に膝から崩れた 「レイン大丈夫か?」 それまでざわついていた場内の視線がこちらに 集中した。 「…!大将軍様」 「ヒィッ! 化け物‼︎」 「なんと‼︎」 異様なその腕をみて周りから恐々とした声が上がった。 「……大将軍様、そちらは姫君の護衛の…」 怪物をみるかのような視線など気にもせず、師匠が俺に肩を貸してくれた。 「お待たせ致しました、遅れてすみませぬ邸下。」 師匠は何事もなかったかの様に軽く王様に一礼した。 「いや、かまわぬ。……それよりそちらの者は顔色がだいぶ良く無いが大丈夫なのか?」 息も絶え絶えの俺は言葉が出ず、肩で呼吸をするのが精一杯だ。 「…この者は神龍の恩恵を授かった者です。怪物ではございませぬ。」
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