二.生みだされる物

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朝露が森に光の矢を放つ。 夜通し獲物を求め歩き回った動物(もの)達が寝床に帰っていく音がする。 それとは逆にゆっくりと寝床から這いだす者が一匹。 (わらし)はやっとのことで、眠たい目をこすり朝をむかえた。 いつものように、隣の寝床に男の姿は見えない。 その代わりに、目の前には鼻をくすぐる芋汁の匂いと、大きな握り飯。そして、今日はその横に、たわわに実った山ぶどうが置いてある。 「おっとう……、わざわざ採ってきてくれたのか。」 そろりと寝床から起き上がる。 すると、薄い煎餅布団(せんべいぶとん)の上から、大きな羽織物がハラリと一枚。静かに床に落ちた。童を包むようにかけてあった羽織物。 「おっとう、あたいの寝相が悪いから……。」 その羽織物を丁寧にしまい、 かけこんでほおばった朝飯のうまさに、童はにんまりと笑顔になった。 「うんめぇー。」まだあどけない少女の顔。 そんな空気を遮るように、突如、鉄を叩く音が鳴り響く。 「いけねぇ!」 童は慌てて、薄汚れた着物をはおり、飛び出した外の井戸水で顔をすすぐと、すぐさま、工房へ向かっていく。 そこには、そびえたつような大男が待ち構えていた。 「遅いぞ、()ようおきんかい。」 「おっとう許してけろ。 今日は、町さ(おろし)に行く日だったべさ。忘れてはないぞ。」 「ふん、分かってるなら、早う支度しろ。」 すぐさま踵をかえし、工房に戻ろうとする男の背に向かって 童は叫ぶ。 「おっとう、山ぶどう、ありがとう。採ってきてくれたんだなぁ、おっとうが。」 「___ふん。」 そう鼻で笑って、そっけなく奥に入って行く男に、もう一度童は心の中でつぶやく。 『風邪ひかねぇように羽織物さ、かけてくれてありがとう。』 冷たい鬼。 鉄を一心不乱に叩いている時の男の姿。 何かに対してやり場のない怒りと悲しみを鉄にぶつけている。 童はそんな姿をおっかないと思う時の方が多い。 ただ、今日みたく山ぶどうを採ってきたりする 心優しき男も知っている。 いつか童は男に聞いたことがある。 『鋏』という物をどうして作っているのかと。 一喝されてその場は終わったが、 何か並々ならぬものを幼心ではあるが感じた。 「おい、頼んだぞ。」 汗をぬぐいながら再び現れた男から 手渡された三本の鋏。 妖艶にかがやく鉄の輝きに、一瞬心までもっていかれそうになる。 「相変わらずきれいだな、おっとう……。」 「危ないから()ようしまって、町さ行ってこい。」 「うんだ。」 童は大事に大事にその鋏を風呂敷に包みこんだ。 「これ持ってけ、薬草じゃ。森の木々で体が傷ついたら使え。」 「ありがとう、おっとう。」 そうして一目散に駆け出す童に向かって、男が大きな声で叫ぶ。 「町では誰とも話すんでねぇぞ!鋏さ売ったらすぐさ山にかえってこい!」 小さな手を一生懸命に振るその姿を、男はいつまでも見つめていた。
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