二.生みだされる物

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 城下町の空気はどうも落ち着かない。 余所者(よそもの)は出て行けと追いかえされている気がする。 早く、山に帰りたい。 野兎やキツネが走り回る、あの野山に。 いや、おっとうの元に帰りたい。 そんな童の気持ちを察してか、足は無意識にも早くなる。 「さぁさぁ!買った買った!」 町中、賑やかな商いの声が響く。 艶やかな着物をめとった女子(おなご)は石畳を練り歩く。 刀をさげた侍は道の真ん中を堂々と闊歩する。 そんな者たちが時折見せる、冷たい視線を背中で感じながら、 童はやっとの思いで 呉服屋の暖簾をくぐった。 「ごめんくだせぇ。」 奥からでてきたのは女主人。 「あぁ。お前さんかい。で、もってきたのか。」 キセルをふかし、童を見下す目はあからさまに蔑んでいる以外の何物でもない。 「へぇ。」 童が大切にそっと差し出した「鋏」を 女主人は無造作に掴む。 「どれ、試し切りじゃ。」 着物の端切れを手にし、掴んだ鋏に触れさせる。途端に二つの刃が吸い付き、無音のまま切れた端切れはひたりと地面に落ちた。 「ふん、たいしたもんだ。」 女主人はいけ好かない表情で、 「今日は二本もらおうか。ほれ、今日の取り分だ、とっとけ。」 そう言って銅貨を地面に放り投げる。 むなしい金属音が響く。 そそくさと、童は残った鋏を手に取り、 銅貨を隠すように着物の懐に滑り込まして 、一目散に呉服屋を後にした。 「ひかえい!ひかえい!」 逃げるように呉服屋を後にした童に、遠くから威圧する声。 馬の蹄の音が町中に(とどろ)きだす。 大勢の侍たちが、整然と隊列を組んで こちらに向かって行進してくる姿が見えた。 「ひかえい!ひかえい!」 人々が慌てて道の端々におののく姿を 童は、何が起きたかわからず一人道の真ん中にたたずむ。 その隊列はあれよという間に童の前に立ちふさがった。 「無礼者、そこをどかぬか!」 刀をぬいた侍が童に駆け寄る。 「ひぃ!」 「__待てぃ。」 いきなりその侍を払いのけるよう、馬からおりた大男が一人。 ゆっくりと童に近づく。 「おい、お前の手に持っている物は何じゃ?」 その男が、かもちだすただならぬ気配を感じて、童は蛇に睨まれた蛙になった。 「おや、よく見たらお前は近松八雲(ちかまつやぐも)のところの愚女(ぐじょ)ではないか。」 太陽の光を受けて、大男の着物がより一層輝きを放つ。 「わしはお前の親父を知っちゅうぞ。この殿様がお情けで腕を買ってるのにも関わらず、一向に刀をつくらんで挙句の果てに、そんな用無しの物を作る愚か者よ!」瞬時に童の手から鋏をつかみ取る。 「やめておくんなまし!おっとうの鋏!」 童は周囲に無言で助けを乞うも、 町人も商人も冷ややかな眼差しでこちらを見ているだけだ。 『早く帰りたい。おっとうの元に。』 「こんな物こうしてくれるわ!」 大男によって高らかに振りかざした鋏が、今まさに地面に叩きつけられようとしているその刹那だった。 「やめてけろ!」 手を伸ばした童の手が、その鋏をはたく。 何をまちがったか二枚の刃は、 大男の顔を滑りながら そのままひたりと地面に落ちた。 突如、怯えだした周囲の目。 後ずさりする童。 頬を滴り落ちる物が赤い血だと分かったいなや 大男、いや殿様は怒りに吠えた。 「この(むすめ)をひっ捕らえい!」
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