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城下町の空気はどうも落ち着かない。
余所者は出て行けと追いかえされている気がする。
早く、山に帰りたい。
野兎やキツネが走り回る、あの野山に。
いや、おっとうの元に帰りたい。
そんな童の気持ちを察してか、足は無意識にも早くなる。
「さぁさぁ!買った買った!」
町中、賑やかな商いの声が響く。
艶やかな着物をめとった女子は石畳を練り歩く。
刀をさげた侍は道の真ん中を堂々と闊歩する。
そんな者たちが時折見せる、冷たい視線を背中で感じながら、
童はやっとの思いで
呉服屋の暖簾をくぐった。
「ごめんくだせぇ。」
奥からでてきたのは女主人。
「あぁ。お前さんかい。で、もってきたのか。」
キセルをふかし、童を見下す目はあからさまに蔑んでいる以外の何物でもない。
「へぇ。」
童が大切にそっと差し出した「鋏」を
女主人は無造作に掴む。
「どれ、試し切りじゃ。」
着物の端切れを手にし、掴んだ鋏に触れさせる。途端に二つの刃が吸い付き、無音のまま切れた端切れはひたりと地面に落ちた。
「ふん、たいしたもんだ。」
女主人はいけ好かない表情で、
「今日は二本もらおうか。ほれ、今日の取り分だ、とっとけ。」
そう言って銅貨を地面に放り投げる。
むなしい金属音が響く。
そそくさと、童は残った鋏を手に取り、
銅貨を隠すように着物の懐に滑り込まして
、一目散に呉服屋を後にした。
「ひかえい!ひかえい!」
逃げるように呉服屋を後にした童に、遠くから威圧する声。
馬の蹄の音が町中に轟きだす。
大勢の侍たちが、整然と隊列を組んで
こちらに向かって行進してくる姿が見えた。
「ひかえい!ひかえい!」
人々が慌てて道の端々におののく姿を
童は、何が起きたかわからず一人道の真ん中にたたずむ。
その隊列はあれよという間に童の前に立ちふさがった。
「無礼者、そこをどかぬか!」
刀をぬいた侍が童に駆け寄る。
「ひぃ!」
「__待てぃ。」
いきなりその侍を払いのけるよう、馬からおりた大男が一人。
ゆっくりと童に近づく。
「おい、お前の手に持っている物は何じゃ?」
その男が、かもちだすただならぬ気配を感じて、童は蛇に睨まれた蛙になった。
「おや、よく見たらお前は近松八雲のところの愚女ではないか。」
太陽の光を受けて、大男の着物がより一層輝きを放つ。
「わしはお前の親父を知っちゅうぞ。この殿様がお情けで腕を買ってるのにも関わらず、一向に刀をつくらんで挙句の果てに、そんな用無しの物を作る愚か者よ!」瞬時に童の手から鋏をつかみ取る。
「やめておくんなまし!おっとうの鋏!」
童は周囲に無言で助けを乞うも、
町人も商人も冷ややかな眼差しでこちらを見ているだけだ。
『早く帰りたい。おっとうの元に。』
「こんな物こうしてくれるわ!」
大男によって高らかに振りかざした鋏が、今まさに地面に叩きつけられようとしているその刹那だった。
「やめてけろ!」
手を伸ばした童の手が、その鋏をはたく。
何をまちがったか二枚の刃は、
大男の顔を滑りながら
そのままひたりと地面に落ちた。
突如、怯えだした周囲の目。
後ずさりする童。
頬を滴り落ちる物が赤い血だと分かったいなや
大男、いや殿様は怒りに吠えた。
「この娘をひっ捕らえい!」
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