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1. crazy 4 U
エンジンオイルがイカれてるのか、反応が鈍い。歯車が外れたような夜にいらだちながら、北斗は上着を取った。
「車を止めろ。これじゃらちがあかない。降りる」
「降りてどうする。車でないと動きが取れんぞ」
北斗のいらだちももっともだが、それ以上にもっともなことを言ってサイは北斗を止めた。視線だけが返ってくる。構わずに車を走らせた。ネオンの明かりが北斗の頬を照らしては流れていく。
「どうした、お前らしくない」
「……」
「あいつならうまくやるだろう」
「しかし、気に入らない」
「なにがだ。俺とお前とあいつと比べてみたら、こういう仕事に一番向いているのはあいつしかいないだろう。それがわからないお前ではあるまい」
「それはそうだが」
「適材適所だ。問題ない」
「問題は……」
「お前の心か」
「な……っ」
北斗の瞳に動揺が走る。どうやら図星らしい。最近、北斗は心の動きを外に見せるようになった。あいつの影響か、とサイは口の端に軽く笑みを浮かばせる。
「ちょっと言ってみただけだ。気にするな」
「別に気にしてなどいない」
「そうか」
ならばその反応はなんなのだ、とサイは問うてみたかったが、今はやめておくことにした。
「とりあえず今夜の宿を確保しよう」
「あぁ」
体力的な問題で言うならば、ふたりとも野宿でも別に構わなかったのだが、人混みに紛れていたほうがなにかとやりやすい仕事ではあったので、街中に宿を取ることにしていた。動きの取りやすそうな位置にあるモーテルを探してチェックインする。部屋に入ると、食事もそこそこに、北斗は早速通信機器のチェックを始めた。
「なにか入っているか」
「いや、なにも」
「貸せ、定時連絡は俺がやる。お前はシャワーでも浴びてろ」
小さな端末を取り上げると、サイは北斗をバスルームに追いやった。砂漠気候で空気が乾燥しているこの土地では、風呂につかるよりもシャワーの方が健康のためには良い。本当はサイが先にシャワーを使いたかったのだが、あえて北斗に使わせる。北斗を落ち着かせなくてはサイの方が落ち着かない。
あいつも変わったな。それとも、人間らしくなったというべきか。
シャワーの音を聞きながら、マシンのキーを叩いてサイは思う。あの戦争の中で会った頃とは大違いだ。
今、世界は大きく変わろうとしている。自分たちが、理想と現実との狭間で生きていることは昔も今も変わりはないのかもしれないが、未来の見えなかったあの頃と違って、今は少しずつとはいえ未来が見える。そんな中で自分も含めて四人は変わった。仲間というものを認められるようになったのだ。直属の上司であるリンダに言わせれば協調性がやっと出てきたということらしいが、そこのところは実は定かではない。少なくとも北斗の場合、兵器としては壊れてしまっているのかもしれない。
それも、亜希に関する事だけ、か。
兵器としては困る話なのかもしれない。だが、亜希に関してだけというのであれば、それもまたいいのではないか、と心のどこかで思う自分に苦笑するサイであった。
それだけ世の中が平和に向かって動いてるという証拠だ。
思いを馳せることのできる相手がいるということは幸せなことだ。それだけで心が奮い立つこともある。だから、北斗にそういう相手ができたということは喜ばしいことなのだろう。まぁ、あまり度が過ぎるようなら喝を入れ直さないといけなくなるかもしれないが、なんとかなるだろう。
俺も……甘くなったかもしれんな。
ユーリの顔が心をよぎった。
***
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」
そう言って笑いながら亜希はネオンの谷間に消えていった。その後ろ姿が目に焼きついて離れない。
シャワーを頭からかぶりながら北斗は自分の失態を恥じていた。今日一日で、何度サイにからかわれるようにして注意を受けただろう。わかってはいるのだ。なのに押さえきれない。以前には考えられなかったことだ。
俺はなにをしている?
亜希にペースを乱されているのだということだけはわかる。なのに、それをどうにもできないのがもどかしい。これは任務だ。だからなにも心配する必要はない。しかし、気にくわないのも確かだ。いわゆる普通の意味での危険な任務ならこんなに気をもむことはなかったであろうに、と思う。そして我ながらどうにかしてる、とも思う。
***
「あがったのか。今日はお前が先に寝ろ」
サイはシャワーからあがってきた北斗に視線を向けることなく声をかけたが返事がない。以前ならともかく、最近の北斗にしては珍しい事だと顔を上げると、北斗は髪も乾かないのに出かける用意をしていた。
「どこへいく」
「すまない、やはり出かけてくる」
「おい、そんなことをしても意味はないかもしれんのだぞ」
「構わん」
上着を掴むと、焦るように出ていってしまった。
まったく、仕方のない奴だ。
サイはため息をついた。
***
空気が乾燥している土地の夜は、実際よりも冷たく感じる。道往く人は上着を着ているので、目立たないように北斗も上着を羽織った。上着自体、あまり好きではないのだが、仕方がない。
「案外、普通にしてたほうが目立たないモンなんだよ」
という亜希の言葉を思い出す。
向かう空はネオンの光を反射して赤い。眠れない街に向かって歩く。ざわめく街は夜半過ぎだというのに昼間よりなお明るく、賑やかだ。昼間よりも夜の方がかえって賑やかかもしれない。
酒の匂いを振りまく酔っ払いや、客を取ろうと男達を見定めている女達の間をぬうようにして歩く。道行く車から流れてくるラジオはノイズだらけで、店から流れてくる軽快な音楽と一緒になって街中を一層騒がしいものにしている。けたたましいネオンの光の洪水。
この手の中には、いまだになにひとつ、ない。物心ついたときから北斗はなにひとつ持っていない。あるのは任務、ただひとつ。己の心の入り込む隙間などない任務だけ。
あの戦争が終わって、帰るところを持たないままなのは、北斗と亜希だけしかいなくなった。紆余曲折あって情報部に一応所属はしたものの、心の置き所がない。公式な生年月日などがないのはユーリも同じだったが、彼にはそんなことは全く気にしない仲間達がいる。
IDカードを作るにあたって便宜上の生年月日などは作った。名前も、コードネームがそのまま正式な名前になった。オフィシャルな面ではなにも問題はない。しかし、そういう問題ではないのだ。
手の中からなにもかもが滑り抜けていく感覚。自分の中の、訳もわからずただ『矛盾している』ということだけの感覚。それは確かに、あの戦争の最中でも幾度か感じたことはあった。ただあのころは生きて行くことだけに必死で、それで生の充足感を感じていたこともあった。しかし、今になってもまだ心のよりどころが見つけられない。
自分はなんのためにここにいるのか。
俺は焦っているのか……?
焦ったところでなにひとつ得られる物がないことも充分承知している。そして、亜希といるとその先になにかの答えを見つけられそうな気がする。気のせいだということは充分にありえるが、あえて考えないようにしている。
あの馬鹿は、いつもなにかを隠し持っていて、掴みきれない。いつも鬱陶しくなるくらいにつきまとってきては笑っているくせに、どこかで目が笑っていない。あいつは、いつだってなにかを壊したがっている。笑顔の裏で破壊の炎をちらつかせる。地球で見た青空のような蒼い瞳の奥で、いざとなれば今でも全てを破壊してしまうであろう死神の鎌が光る。そして同時に、どこか淋しげな光もたたえて。
「あたしも独りなんだ。一緒に行こうよ」
戦争終結後、そう言って亜希は北斗と行動を共にするようになった。戦うことしかしらなかった北斗を、今の生活になんとか馴染めるようにしたのも亜希の力かもしれない。戦争が終わったとはいってもまだまだキナ臭い事件が続く中で、ようやく人間らしい生活を始めて、そしてそれは北斗と亜希のおかしな共同生活の時間でもあった。普通の人とは違う生活なのかもしれない。それでも、それは充分に北斗の心を穏やかにさせた。情報部の中でも、特に仕事に明け暮れていた北斗の心を和ませるのはいつだって亜希だった。
***
「……あとは変わりないわ。あなた達の結果待ちってとこね」
モニターの中でリンダが微笑む。サイは、そうか、と言って通信を切ろうとする。
「ところで、北斗は?」
「あいつは……、今、出ている」
「珍しいこともあるものね」
サイの一瞬の躊躇を見て取って、しかし何事も気付かなかったかのようにリンダは続ける。
「北斗、機嫌が悪いでしょう」
「よくわかるな」
「まぁね。これでも一応あなた達の上司ですからね。……仕方ないわね。なんとかなだめておいてね。結構頑固だし」
「わかっているなら、なぜ自分でやらない」
「仕方ないでしょ、仕事なんだから」
「他にやり方はなかったのか。俺もこのやり方は好きになれん。よりにもよって」
「まぁね、あんまりうまい方法じゃないのは認めるわ。でも、おそらくこれ位のことをしないと情報は手に入らないでしょうね」
「だからといって女娼の真似事など」
「亜希なら大丈夫よ。うまく逃げてくるわ」
「貴様ら大人の考えることはわからん」
「あなたと十も違わないのよ?」
「そういう問題ではない」
「わかったわ、後でもう一度謝っておくわよ。それで許して頂戴」
「あいつは……」
「え?」
「北斗は、亜希を追って出ていった」
「うーん」
リンダは悩むような顔をして頭を掻いた。
「北斗が追い付くまでに、亜希が首尾良く仕事を片付けておいてくれることを期待するわ」
「そう穏便にことが済めばいいがな。北斗のことだ。建物のひとつやふたつ吹き飛んでもおかしくない」
「あんまり脅かさないで」
「俺はしらん」
「亜希は笑顔で出ていったんでしょ?」
「あいつはいつでも笑っているから、読めん」
「北斗はいつも仏頂面だし、ね」
「俺はやつらの機嫌取りはせんからな」
「はいはい、わかったわよ。この件が終わったら久しぶりに四人で会うんでしょ、その時に差し入れするから」
「内偵は疲れるな」
「え?」
「内偵より、テロ実行部隊を押さえに行くほうが俺達には楽だ、と言っている。こういう、妙な忍耐を強いられるのは、こたえる。ユーリなら、得意なのだろうが」
「考えておくわ」
「ユーリは正式に俺達の仲間にはならないのか」
「それも、考えておくわ」
「頼む」
サイが頼みごとをするなんて珍しいこともあるものだ。リンダの目が光る。
「とにかく北斗のこと、頼むわね。じゃ」
それだけ言うとサイに二の句を継がせないようにそそくさと通信は切れて、モニターはなにも映さなくなった。
「相変らずな女だ」
***
喧騒の中を通り抜け、なにごともなかったかのように、いきなり角を曲がる。追いかけてくる気配はない。どうやら完全にまくことが出来たようだ。亜希は安堵のため息を軽くもらして、いつもの軽口が口をついた。
「やれやれ、まったくしつっこいよね」
不覚にも首筋に付けられてしまったキスマークを簡単には見えないように隠しながら、それでも辺りの気配に気を配る。
やばいよー、これが北斗に見つかったらどうなることやら。
しかし、見つかるのは時間の問題であることも確かだ。サイと行動を共にしているから、すぐにどうこうという話ではないだろうが。見つかるのは遅ければ遅いにこしたことはない。
「しょうがないよね、そういう任務なんだから。文句はリンダに言って、ってやつだわ」
特別ボーナスでも欲しいくらいだ。まぁ、北斗やサイにこんな任務はやれと言っても無理な話だから、最初から報酬の中に含まれているのかもしれないが。
「とっとと帰ってシャワーでも浴びよ」
気を取り直して携帯電話に手を伸ばす。その時、こちらを見ている視線に気がついた。
見つかった?
目に緊張を甦らせて気配を探ると、北斗が路地の入り口に立っていた。緊張が一瞬のうちにとける。
「あらまぁ。……なに、迎えに来てくれちゃった訳?」
首筋が気になる。ちゃんと隠れているだろうか。北斗はゆっくりと近づいてくる。通りのネオンが明るすぎて北斗の表情がわからない。
「首尾は」
「ん? もっちろん上々。これでやっと次の作戦に移れる。なによ、あたしの腕を信用してないわけ?」
「探した」
「今こっちから連絡取ろうとしてたとこよ。宿はどこに取ったの?」
北斗はどんどん近づいてくる。ようやく逆光にもなれて北斗の表情がわかるようになる。北斗の視線はじっと亜希の目のところで固定されていることに気がついて、亜希は思わず視線を反らしたくなる衝動にかられながらも、かろうじてこらえることに成功する。
「なによ、どうしたのよ」
首筋が気になる。
「ちょっと、質問に答えなさいよ」
「探した」
「だからそれはわかったって」
息がかかりそうな距離まで近づいて、ようやく北斗の足が止まった。なぜだかほっとしながら亜希は北斗の視線を受けとめる。
「どーした……んっ」
あごに手がかかったかと思った途端に唇をふさがれた。二、三度吸われて、離れるかと思えば今度は舌が侵入してくる。あまりの思いがけなさに我知らずうろたえてしまう。
なんなのーっ!
舌に翻弄されて思わず理性を持っていかれそうになる。しかし、意外にもあっさりと、やはり突然に解放された。
「いきなりなにすんのよ」
「なにを隠している」
「なんにも隠してないよ」
突然のキスに怒ったふりをしてぷい、と横を向いて北斗の視線から逃げた。首筋が気になる。
「ならなぜ逃げる」
「ば……っ、誰も逃げてなんか。なにを根拠に」
「反応が変わった」
「なによそれ」
せっかくそらしたはずなのに、思わず北斗の顔をまじまじと見直してしまう。彼の瞳は、いつか見た海の蒼。
「今のキスだ。いつものお前と違ってた。そもそも、いつものお前ならあの程度でうろたえたりはしない」
「人目につきそうなトコでキスなんかするから驚いただけでしょうが」
「だから、それだけではない。それは反応のひとつだ」
「なぁに、北斗ってば、キスであたしのこと探ったね? まったくかわいくない奴。そういうことするのやめてよ」
「任務内容が内容だっただけにな。でなければお前は俺にはなにも言わないつもりだろう」
「ったりまえでしょう? あんな任務、あたしだってヤだったんだから」
「次からはするな」
「は?」
「いくら任務でも、こういうことは二度とするな」
「なによそれ。大丈夫だって。大したことなかったし。あたしが逃げるの得意なの知ってるでしょ」
「別の方法を考えればいい」
「仕事なのよ?」
「危険すぎる」
「命には別状ないよ?」
「お前は危機感がなさすぎる。これはなんだ」
いつのまにか北斗の目と手が首筋のキスマークをとらえていた。しまった、と思うがすべてはあとのまつりである。
「だーかーらー、任務。わかってたでしょ? そういう任務なんだから、仕方がないの。大丈夫、これ以上のことはなかったから」
慌ててフォローをいれてはみたものの、あまり効果はなかったようだ。北斗の表情がかたい。
「そういう問題じゃない」
「じゃあなんだっていうの」
北斗は答えずに亜希の首筋に残るキスマークに、そのまま自分の唇を落とした。
「ちょっ……やめなさいよ」
強く吸われる。気付くと抱きすくめられている。身動きが取れない。舌が這い始める。肌に慣れたその舌の感覚に身体が反応して思わず声を洩らしそうになりながらも、今いる場所を思い出して理性を取り戻す。
「こらこら、場所考えなさい。任務中でしょ」
「構わん」
亜希の服の中でくぐもる声が短く返ってくる。
「あたしは構うの!」
いくら路地だと言っても、通りからひとつ折れただけの、いつ人が来るかも判らない場所で、この状態はさすがに恥ずかしい。
どうでもいいけど馬鹿力だな、と改めて思いながら、腕から逃れようともがいてみる。が、北斗の腕はビクともしない。なんとか頭をはがすことだけは成功して、亜希は息をついた。
「今日はどうしたのよ」
北斗は答えない。それでも、抱きすくめられる腕の力の中に亜希は北斗の答えをみつけてしまう。そんな自分に気付いて、笑う。
こんな性格のややこしー奴、あたしじゃないと相手できないよねー。
***
「こちらは変わりない。もうすぐ会えるのが楽しみ」
モニターの中でユーリが微笑む。ユーリの笑顔は心を和ませる。
「そうだな。ここは風が強いんだ」
「……そう。北斗と亜希とは仲良くやっているの」
「普通にしていればいいことだ。お前がいなくてつまらん」
「それは、仕方ないね」
「お前は情報部には来ないのか」
モニター越しでしか喋れないのがもどかしい。
「私には、今の仕事も大事なんだ」
「そうか、そうだな。…………外であいつらの気配がする。どうやら帰ってきたようだ」
「ではそろそろ切ろうか。では、また」
通信が切れると同時にドアが開いて、北斗と亜希が入ってきた。雰囲気から察するに、首尾は上々のようだ。北斗の表情が落ち着いているのもあって、サイは安堵の息を洩らす。亜希がモニターに気がついた。
「なに、ユーリと連絡してたの?」
「あぁ。元気そうだ」
「そりゃなにより。あれ、サイってば、もしかしてさみしいの?」
いたずらな光を目から放って、亜希はサイをからかってみる。案の定、サイは顔を真っ赤にしながら反論してきた。
「ば、馬鹿を言うなっ! お前こそ北斗をよく納得させたものだ」
「なによそれ。あたし達が一緒にいるからってサイは羨ましいんでしょ」
「なにを言う。そんなことは関係ないっ」
「まぁまぁそう言いなさんな。これが終わったら会えるんだからさ。その時には気をきかしてあげるから」
「お前は、すぐそうやって人をからかう、大体だな、俺達は」
「そういう仲なんでしょ?」
亜希はサイの言葉を横取りして言葉を繋ぐ。
「な……っ」
「なに、隠してたつもりな訳? ちっちっちっ、甘いな。あたしを誰だと思ってるのよ。天下の亜希様よ」
「偉そうに言うな。そういう貴様だって北斗と……」
「それがどうかした? リンダだって知ってることよ」
「開き直ったな」
「亜希、やめろ」
「いや。ただの事実でしょ。隠してるとストレス溜まるでしょ? 吐き出して楽になっっちゃえ」
「亜希!」
北斗の声が大きく響く。その大きさに驚いて亜希は北斗を振り返った。沈黙が流れる。
「はいはい。あたしが悪ぅございました。でも、サイ、あんまりストレス溜め込まないほうがいいよ。体に悪いから」
ちょっとふてくされてから、亜希は言葉を吐き出した。それを見て少しは溜飲が下がったのか、サイはそれ以上突っかかってはこない。そもそも、突っかかっていってるのは亜希なのだ。
「貴様はすぐに人をからかう癖をなおせ」
「うるさい」
「もうそれくらいにしておけ。亜希、シャワーを浴びるんじゃなかったのか」
いつまでたっても話にキリがないので、北斗は無理矢理話の腰を折る。サイはともかくとして、亜希は会話自体を楽しんでいる風があるのだが、それこそキリがない。
いつか見た空の蒼さを宿らせる瞳の奥に今は自分だけが映っていることを確認して、バスルームに亜希の背中を押していった。
ひびわれた窓ガラスの向こうに見える、ひびわれた空の向こうで、星が笑ったように見えた。
「サイ、ユーリへのお土産、買いに行こうね!」
バスルームから亜希の声が響いてくる。サイは赤くなってしまった顔をどうにかして落ち着かせようと、コーヒーポットに手を伸ばした。
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