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番街区と呼ばれる人の住まう内と外の世界を分ける境界線。
急造で作られたバリケードの外に出れば、奴らが闊歩する世界が広がっている。
「奴ら」とは何か?
それは元々人だった者達の事である。
奴らはクイーンと呼ばれる別個体を中心に、まるで軍隊のように動く。
なぜ人がおかしくなるのか。
分かっている事は、「奴ら」となった者に噛まれると人は死に、その代わりに人喰いの化け物「奴ら」になる。
そして「奴ら」になった人間はクイーンの元に集い洗礼を受ける。
洗礼とは噛まれた個体がクイーンに捕食される事を指すのだが、クイーンは捕食した人間のDNA情報を体内に読み取り、個体の複製体を作る事ができる。
つまり、幾ら切り刻んで「奴ら」の数を減らしたところで、同じ人の個体をクイーンが作る。
潰しては作られ、その繰り返し。
軍隊としての絶対数が減らないのである。
クイーンは何故か、減った個体の複製体しかつくらない。
無限に増える事は無いが、決して減る事の無い軍隊。
人類唯一の不幸中の幸いだと言えるのは、
「噛まれた以上の人間より増殖をしない」
というただ一点である
しかしながら、クイーンは一定数の軍隊規模になると、新たなクイーンを作り分裂するのだ。
だからこそ、八城たち遠征部隊が仕事をする必要がある。
クイーンの分裂した、個体の位置情報並びに点在する番街区、つまり人が生存している居住区の生存確認をするのが中央に所属するNo.の主な仕事となる。
世界がこうなる前にはもちろんこんな番街区など日本のどこにも存在しなかった。
都道府県の区分けがあり、日本単一で法律があったが、今では中央の数だけ法律があり番街区の数だけ区分けが存在する。
まさに悲劇だ。
人と人との交流が、分たれ自由に行き来出来るのは遠征隊のみである。
誰も抵抗しなかった訳ではない。
自国の軍隊も戦った。
しかし生き残りが点在する状況下で、大規模攻撃を掛けられなかったことが勝敗を明らかなものにした。
それでも十を越すクイーンを屠り、戦況は有利なものかと思えた。
しかしそれが奴らの進化をもたらしたのだ。奴らは四段階に分けられる。
「第一フェイズ」人間を捜し徘徊する者これは一番スタンダードな奴らだ。
次に人の記憶から人のように動くもの。
これは、「第二フェイズ」と呼ばれ、人間のように走ったり拙いながらも肉体的な技を使う者も確認されている。
これは、奴らの中に混じっており油断をすると最も危険とされる。
そして「第三フェイズ」
ここからは普通の人間が相手に出来る次元ではなくなってくる。
これはもはや昆虫や食物に近い形態になる。
人とは思えない動き。
そして何より、人を殺戮するという目的がそのまま形になったような形状になっているのが特徴的だ。こいつらはクイーンの近くを守るように徘徊し、クイーンに近づく人間、又は害をなすものを狙って攻撃してくる。
次に、確認されている中でも、最上位の「第四フェイズ」
こいつらが日本の自衛隊を壊滅に追い込んだと言っても過言ではない。
クイーンの直近に数個体しか存在しないが、その脅威は人類の尺度では計り知れない。
ある者は人の形をしていたと証言し。
またある者は植物のような形だったと言う。
だが、それが居るという事実だけは覆りようもない。
そんな「奴ら」がクイーンを円形に囲み、守りを固めているのだ。
クイーン同士は通常一定の距離を保ち静観をきめているが、それも絶対ではない。
今回のように生き残っていた人間を捕食し、軍隊の数を増やした場合には、『巣わけ』と呼ばれる新たなクイーンが誕生する。
そうなると生まれて落ちた新たなクイーンは、一定の距離を保ために移動を始める。
そのとき生まれたクイーンは親のクイーンの軍隊を約半数引き連れていく。
それが同時多発的に起きればどうなるか?
距離を保つ為に動き出す一個体が、次の一個体を動かす。
波はドミノ倒しのように広がり、クイーンの通り道に番街区があった場合は。街の住人を捕食。
またそこで新たなクイーンが生まれるという連鎖が起こり、被害は甚大なものとなる。
だからこそ遠征隊は逐一クイーンの位置を確認し、かつ個体数の調査を行い新たなクイーンが生まれていないかを調べる必要があるのだ。
そしてその調査をするのが八城が所属する遠征隊の主な仕事である。
「で?紬……新人ってどこにいるんだ?」
「多分先に議長室の部屋に行ってる」
新人は隊長と議長両方からの任命でようやく部隊配属されるのだ。
つまり隊長である八城が赴かなければ新人隊員は配属されない。
「紬が俺の代わりに行って来てよ」
「駄目に決まってる。まだ頭が寝ているなら、ケツの穴から鉛玉をぶちこむ」
仕方なく、八城は議長室の前に立ち扉に手を掛け、一つため息をついた。
「ねぇ、これって本当に行かなきゃ駄目?」
「当たり前。今私たちの隊は人数が全然足りていない。貰えるときに人も物資も貰っておくべき」
紬の言う通り、自分が生きる為に最善を選択する。
嫌々ながら八城は、もう一度深いため息と共に扉を開ける。
新人と思われる四人が規律正しく横並びに整列していた。
扉前から遠征隊隊長である三番、十一番。そして俺の事を庇ってくれた十七番が奥に整列していた。
「遅かったな?八番。三十一番みたいに言いたくはないが、そろそろ紬と隊長を交代した方がいいんじゃないか?そうすれば私の隊でこき使ってあげるよ?」
「それは願ってもないな、十七番。だがお前の隊には行かない。お前の隊員はいつも疲れた顔をして、任務から帰ってくるからな」
十七番とはいつも軽口を叩き合うぐらいには仲がいい。
「なら紬を貰おうか。さぞ彼女も私の隊が気に入ると思うんだが?」
「俺は別に構わないけど。そういえば、十七番隊に行くと皆同性愛に目覚めて帰ってくるって親御さん泣いてたぞ」
「それは酷い誤解だ。私は彼女達の新しい可能性を引き出してるに過ぎない。それに男性に魅力がない事にこそ問題があるんじゃないのかい?」
そんなこんなで十七番と喋っていると、前から聞こえる咳払いに全員が口をつぐみ背筋を正す。
「今回君たちの隊に入る四名だ。右から三番隊、八番隊、十一番隊、十七番隊に配属される。全員隊長に挨拶してくれるかな?」
右から男、女、女、女つまり今回八城の八番隊に配属されるのは女の確立が高いということだが、正直戦力になるなら誰でも良い。
一人目の自己紹介が終わり。次八番隊に配属される奴の自己紹介が始まる。
「第11番街区より来ました真壁桜といいます。遠征隊No.三百三十三です。」
丸みを帯びたショートボブ、意志の強そうな瞳が八城を真っ直ぐに見つめて来た。
「あぁ、よろしくな」
やる気を感じさせない返事に肩すかしを食らった桜だが、初対面の八城に対して規律正しいお辞儀を返す。
「そうか。もう。三百三十三番まで来たのか……」
八城は今しがた桜が紹介したNo.を再度確認した。
No.とは遠征隊に配属された時、本人が貰う番号の事だが、そのNo.が若ければ古参という扱いになる。
そして死んだ場合は空き番。
つまり空白になる。
このNo.も今は三分の一ほどしか人員が居ない。
言うまでもなく、そのほとんどが戦死もとい奴らに食われ空き番となっている。
かくゆう八番隊も前89作戦でその殆どが戦死し、現在は八城と紬の二人だけしか残って居ない。
八城と紬、そして他一名が辛くも生き残ったが、その一人も他の所属に移っていった。
だから正直この補充は待ち望んでいた節もある。
八城は全員の紹介を聞き流し、各々がそれぞれの隊に散って行く中、桜が八城の元へ駆け寄ってきた。
何処となく大型犬のような人懐っこさを感じる新人隊員である桜を連れて、紬を追いかける様に作戦室と言う名の溜まり場に向かっていた。
「あの、八城さんですよね?八九作戦の……」
八九作戦。それは二ヶ月前にあった奴らの突発的襲撃事件の事だ。
「……あぁ、一応参加はしていたけど?」
「やっぱりそうでしたか!最後、孤児院前での撤退殲滅戦を、たった二人でやってのけ!そして見事孤児院内に収容した負傷者に誰一人被害を出さなかった!まさに英雄の中の英雄!そして、たった一人でクイーンを倒した一華さんの唯一弟子とされる八城さんの部下になれるなんて!私感激です!」
八九作戦。
最終防衛ラインを任された八番隊が見たのは最悪の光景だった。
撤退してくる別隊の人員、特に怪我人や動けなくなった者を孤児院に押し込めながら、その過程でみるみるうちに奴らは数を増していった。
当然奴らが数を増やせば、人間の数は減り。
そしてもう一つ最悪が重なった。
そうして残った隊員はたった二人。
紬も八城もお互いが死ねば、もう一人も死ぬと分かっていた。
孤児院を放棄して逃げれば、間違いなく負傷兵や孤児院の子供は奴らの餌食になっていた。
「まぁあれだ桜……これからよろしく頼むな……」
「はい!よろしくお願いしますね隊長!」
「おう、じゃあ早速仕事だ」
そう言って、八城が開けた扉の先には紬が赤ん坊のおむつを取り替えていた。
「おかえり、随分遅かった」
紬は淡々と、しかし確実に赤ん坊におむつを履かせる。
あの早技に、赤ん坊はきっと自分の下半身が露出されているとは夢にも思うまい。
もし、オムツ替えに上限速度があるならば、そのスピードは十六歳が出せば間違いなく速度超過で掴まるレベル。
流石紬、腕をあげた。
八城も新人を連れて来た手前、手持ち無沙汰な桜に何か指示を出すべきだろう。
「桜ボーとしてるな。お前の初めての仕事だ。早く粉ミルクを作ってこい」
「え?は?……へ?」
まったく固まってしまうとは、最近の新人は情けない。
隣に居る紬もあたふたとしている桜に白い目を向けていた。
「八城君こいつ使えない。返品してきて」
「まだ決めつけるな、早計すぎる。桜、作り方が分からないなら裏にあるレシピを見ろ話はそれからだ」
八城も赤ん坊をあやしつけ、桜は入り口手前の立て看板を見直した。
「えっとここは?作戦室じゃないんですか?」
「いや、ここは作戦室で合ってる。そして孤児院でもある」
桜は外の扉を確認するように見ると、マリアとカタカナで書かれている。
桜は、おむつを履かせ終わりてを洗っている紬へ近づいていく。
「確かにここはなんか別棟だなとは思いましたけど……他には無いんですか?」
「確かに元々、あるにはあった」
「じゃあそこに行きましょうよ……」
「だけど取り上げられた……」
「なぜですか!八九作戦功績者の部屋なのに!」
「まぁあれだ、今の八番隊は俺と紬しか居ないからな」
「え?」
また桜が固まってしまった。
だが、粉ミルクが固まるよりましだろう。
「そもそも!奴らに、おーよしよし元気でちゅね〜作戦なんて……あーいっぱいしましたね〜今!取り替えまちゅからね〜通用する……おい紬!替えのおむつ切れてるから倉庫から取ってきてくれ!と、大丈夫でちゅからね〜すぐおむつきまちゅからね〜今気持ち悪いのとりまちゅから〜」
「あー!もう!隊長!赤ん坊をあやすか、喋るか、どっちかにして下さい!」
桜が怒るので、八城は赤ん坊の世話を一旦紬に任せ、やれやれと言った調子で答える。
「いいか?奴らに作戦なんて通用しない。その場その場での判断が、最重要になる。俺達は万全の準備はできても、対策はできないんだ」
「でも……」
何かを続けようとする桜の言葉を遮るように八城は問う。
「お前は前線で戦った事はあるか?」
「……ありません」
「救出作戦は?」
「……ありません」
「じゃあ一度でも奴らを倒した事は?」
「それ、なら何度かは……」
「その時思わなかったか?怖いって」
「……思いました」
「だろ?怖いうちは思うように身体が動かない。そんなお前が、まともに作戦を完遂出来ると思うか?」
「……思いません」
「だろ〜?なら早く粉ミルク作ってこいよ。お腹を空かせた赤ん坊と化け物は待ってくれないだよ」
八城は軽い調子で哺乳瓶を桜に渡し、それを桜も自然な形で受け取ってしまった。
「はい!じゃあ作ってきま……ってそれとこれとは話が別です!」
その言葉を聞いた紬は桜をビシっと指差す。
「八城君やっぱこいつ使えない。返品」
「だな。俺もそう思った」
ひそひそと話し始めた八城と紬を見て、これは本格的に除隊されるかもと思った桜は
「なっ……分かりました!作りますよ!作ればいいんでしょ!」
そんな悲鳴が孤児院の教会に木霊した。
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