4人が本棚に入れています
本棚に追加
⑤ 2012年 最終話
インタビュー当日がやってきた。
前の晩…
ユノとのこと、
達也とのこと、
2つのことが頭の中でぐるぐると廻っては
胸を締め付けてくるようで、
ちゃるはほとんど眠れないまま朝を迎えた。
ひどい顔だ、あたし…。
鏡の中の自分は一気に10歳以上も
年をとったように見えた。
とりあえずは頭をスッキリさせなきゃ…。
ちゃるは朝風呂に入ることにした。
ゆっくり湯船に浸かり
体を温めながら、何を着て行こう…と
考えた。
無意識のうちに、
自分が一番かわいく見えそうな服を
選ぼうとしている自分に
思わず苦笑してしまう。
バカね、あたし…。
恋人とデートじゃないんだ。
ユノはスターで、
あたしは雑誌のコラムニストで、
今日は仕事で、
韓国のスーパーグループに会うのだ。
考えた末、
ちゃるはシンプルな紺のパンツスーツを選んだ。
「ちゃるは紺色が似合うね」
昔、ユノがそう言ったのも
思い出してはいたが…。
インタビューは彼等が指定してきたカフェで
行うことになった。
それは、繁華街の真ん中にありながら、
とてもナチュラルで気持ちのいいカフェだった。
「ジェリービーンズ」という名前も
なんだか可愛らしい。
ちゃるはドキドキする気持ちを抑えながら、
カメラマンの牧田と共に、
ジェリービーンズの中に入った。
「よろしくお願いします」
驚いたことに、メンバーの2人以外、
スタッフは誰も来ていなかった。
「こんにちは」
2人は立ち上がるとにっこりと
微笑んでお辞儀をした。
「あ、あの…マネージャーの方とかは…?」
「はい。ユノが信頼している人との仕事なので、
マネージャーさんは来てないです」
もう1人のメンバーがにっこり笑ってそう答えた。
大人になったな…。
遥か昔、ユノの横にいた彼は本当に幼い感じの
高校生だったのに…。
その横で微笑むユノは、
あの時のユノの面影を残したまま、
洗練された大人の男性になっていた。
3人はしばらくそのまま笑顔を交わしていた。
インタビューは、
ちゃるのコラムにそって
「日本のラーメン」について
2人の感想やエピソードなどを
いろいろと話してもらった。
ちゃるが驚いてしまうほど、
2人は美味しいラーメンの店をよく知っていた。
「では、お2人の思い出に残る
ラーメンのお店のことを教えてもらえますか?」
ちゃるの問いかけに、
メンバーの彼は東京郊外の
限定ラーメン店の話をしてくれた。
「では…ユノさんは…?」
ユノは一瞬遠くを見つめるような表情になると、
「僕は、お店ではないんですけど、
ある大学の裏食のラーメンですね」
大学…
裏食…
…ユノ…!!
「ど、どんなラーメンでしたか?」
声が思わずうわずってしまう。
「普通のラーメンでしたが、
大切な人と食べたラーメンなので
忘れられないです」
「…そ、それは…すてきな思い出ですね…」
ちゃるはそう言うのが精一杯だった。
涙があふれそうで、それ以上は言葉に出来なかった。
インタビューが終わり、
カメラマンの牧田は先に会社に戻ることになった。
「ユノ、先に行きますね」
ユノにそう言って、メンバーの彼は
「ちゃるさん…会えて嬉しかったです」
とちゃるの手をぎゅっと握ってくれた。
「ありがとうございます…」
そして、カフェにはユノとちゃるの2人が残った。
「記事を読んで、すぐにちゃるだとわかったよ」
「ちゃる」と呼ぶユノの声…
ユノの顔を見た途端、
ちゃるの目から涙が溢れた。
「ちゃる…泣かないで」
「ユノ…あたし…」
ユノはちゃるの涙をそっと指でぬぐうと、
そのままちゃるを抱き寄せた。
ユノの暖かい胸…
ちゃるは、懐かしさと愛おしさで
胸がいっぱいになった。
ちゃるの肩を両手でそっと包んでユノはこう言った。
「ちゃるにずっと謝りたかったんだ」
「えっ…?」
「知ってたんだね。僕がスタッフから
ちゃるに会うなって言われてたこと…」
「ユノ…」
「なのに、僕は何もできなかった…」
「あたしこそ、ユノに連絡もしないで、
勝手に住所も変えて…」
「ちゃる。いいんだ」
「ユノ…」
2人はそれ以上は何も言わずに
お互いの顔を見つめていた。
ちゃるの頭の中に2人で過ごした日々が
走馬灯のように巡っていた。
「ユノ…ホントにステキな人になったね…」
「ちゃるはキレイになったよ」
「ホントに?…嬉しいな…」
「ちゃる、好きな人はいるの?」
「え…?…うん。」
達也の顔が浮かんだ。
「ユノは…?」
ユノはとても優しい表情になると、
「僕はまだだけど、いつか大切に思える人が
出来るといいな」
「そうなのね…」
「それまでは仕事が恋人かな(笑)」
なぜかその言葉はとても優しく
ちゃるの胸に響いた。
ユノ…幸せなんだね。
本当に仕事、頑張ってるんだね…。
ちゃるが大好きだったユノは
あの時の純粋な気持ちを変わることなく
持ち続けていた…。
初めてちゃるは心の中のユノへの思いに、
今、幕を降ろせるような気がしていた。
「ユノ…会えて嬉しかった。ツアー頑張ってね」
「ありがとう、ちゃる」
ユノはCDをカバンから取り出すと、
ちゃるに渡した。
「ちゃる、聴いてくれる?」
「ありがとう…。必ず聴くね」
ユノから渡されたCDを
ちゃるはそっと胸に抱き締めた。
家に戻ったちゃるはユノからもらった
アルバムを聴いた。
今までは、聴くと辛くなりそうで
ちゃるはユノの歌を聴いてこなかった。
アルバムの曲は
どれもステキな曲ばかりだった。
アップテンポのダンスナンバーは心が躍るような
リズムだったし、バラードは
ユノの柔らかい声が心に染みるようだった。
ユノに会えて良かった…。
ちゃるは心からそう思った。
そして、ユノの歌声を聴きながら
明日達也に会おう、と思った…。
最初のコメントを投稿しよう!