③ 2011年

1/1
前へ
/5ページ
次へ

③ 2011年

「ちゃる、お昼行こうよ」 同僚の美佐に声をかけられた。 「うん。すぐに行くね」 ちゃるは机の上の資料を軽くまとめると、 椅子に座ったまま、軽くのびをして立ち上がった。 渋谷にある出版社に勤めるようになって もう3年目になる。 最初は雑用が多くて閉口したが、 この頃は少しずつ小さなコラムなどを 担当するようになってきた。 仕事も時間が不規則で、 徹夜になることもしばしばだが、 ちゃるはこの仕事が気に入っていた。 「今日は少し涼しくていいよね~」 外の風に当たりながら美佐がつぶやいた。 「ホントだよね。9月ってなんか気候は夏だもん」 ちゃるもそう答えた。 歩道を歩く2人の横を 1台の宣伝トラックが音楽をかけながら、 ゆっくり通っていった。 「あっ!ちゃる、見て〜!!カッコいい〜!!」 美佐が黄色い声を上げた。 アルバムタイトルの下に大きく 2人のメンバーのアップの写真…。 … ユノ… ちゃるの胸がズキンと響いた。 …あれから、もう6年も経っちゃったんだ。 つい昨日のことみたいに、 全部鮮明に覚えているのに…。 あの日 大学で一緒にご飯を食べて、 つまんない授業を一緒に受けて、 夕暮れの帰り道で ユノにキスされて、抱き締められた…。 あの日から、 時間を作っては ちゃるはユノと会っていた。 ユノの仕事はだんだん増え始めていて、 少しずついろんなメディアにも 登場し始めていた。 それでもユノは 時間を作ってはちゃるに会いにきてくれたし、 仕事の話を嬉しそうに話すユノを見るのが ちゃるも大好きだった。 「ちゃる…僕たち、引越しするんだ…」 ある日、ユノがちゃるにそう言った。 今まで住んでいたところから、 もっと大きな部屋に移ることになったらしい。 「…そうなんだ…。」 これまでみたいに すぐには会えない距離だった。 「でも、必ず会いにくるから…」 少し苦しそうにユノが言った。 ユノ…。ウソがヘタだね。 もう私に会うなって言われてるんでしょ? 新しい部屋の住所を教えようとするユノを制して ちゃるは言った。 「ユノ…。」 「なあに?」 「…キスして」 もう、ユノに会えないんだ…。 ちゃるの目から思わず涙がこぼれた。 ユノはちゃるの顔を両手で包むと、 涙が溢れる目に、 頬に、 それから唇にキスをして ちゃるを抱き締めた。 ちゃるをぎゅっと抱き締めたユノの背中が ふるえているのをちゃるは感じていた。 ユノ…泣いてる…。 2人は抱き合ったまま、 しばらくお互いの顔を見ないまま泣き続けた。 それでもユノは電話をくれたりしたが、 ちゃるから連絡するのをやめた。 季節は変わり、 ユノの所属するグループは 日本でも知らない人はいない、 トップグループに成長した。 グループはやがて5人から2人になったが 人気はむしろ更に上がり、 日本だけでなく、アジアを中心に 世界で活躍するようになった。 大学を卒業すると同時に ちゃるもアパートを引越しして、 完全にユノと連絡は途絶えた。 ユノを忘れるまでに2年の月日が必要だった。 社会人になり、 仕事に追われる毎日だが、 最近、同じ出版関係で編集の仕事をしている 3歳年上の彼もできた。 ユノみたいなカッコいい人じゃないけれど、 優しくてラーメンが大好きなのは似てる…。 「…?ちゃる、どうかした??」 「ううん、何でもない。何食べよっか?」 「ラーメンは? その先にちょっとおしゃれな ラーメン屋さんができたんだよ」 「オッケ~!ラ~メン♪ラ~メン♪」 「ゴキゲンね(笑)何の歌、それ?」 「…ラーメンうた」 「まんまじゃん(笑)」 ユノ…。 あたしね、新しいコラム考えてるんだよ。 「韓国の人が大好きな日本のラーメン」 っていうタイトルなんだ…。 いつかユノにも読んでもらいたいな… 「ちゃる、早く~」 「今行く~」 ちゃるは目をきゅっとこすると、 手招きする美佐の方へ走っていった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加