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「あ、はい、サーセン。ふひひひ」
愛想笑いで誤魔化してみたが失言だった。この閉鎖空間で六人敵に回すとかアタシはマジで死にたいのか。命があっても社内的に死ぬわ。
「ンで?」
“憤怒”課長が仕切り直すように改めてアタシに話を振った。
「そういうオメェはなんかねぇのか、癒し」
アタシだけまだ言ってないから適当に振ったのか、それともこの空気を挽回すべくわざわざ振ってくれたのか。なんだかんだで管理職なんだよねこの人。
本当ならこの話題が自分に向かってきたときには「お布団と枕っスねえ」と返すつもりだった。これはこれで嘘じゃないしアタシが“怠惰”である以上、説得力は無限大だろう。
けれども実は秘密にしている真の癒しがある。これを切り札として使うなら今この瞬間しかない。
「ふっふっふ、実はウチには生ハムの原木があるんスよねえ」
全員の悪意をはらんだ視線が好奇心のそれに切り替わったのを肌で感じる。
「仕事が辛くても、ミスして凹んでも、クソクレームぶっ込まれても、家に帰れば生ハム原木ちゃんがあると思うと心にゆとりが出来るんスよ」
「そんな話、そういえばネットで見たことがあるような」
「僕もだ。でも身近に買ってるヤツがいるとは思わなかったな」
“嫉妬”ちゃんと“強欲”先輩が口々に呟く。よしよし、もう一押しか。
「それも一本五十万のご当地王室御用達のマジモンっスよ」
室内が静まり返った。ここで手を打ち間違えるとアタシは死ぬ。頑張れアタシ、負けるなアタシ。
緊迫した数秒の静寂を置いて“暴食”ちゃんがぼそりと呟いた。
「いいなーたべたいなー」
計画通り!アタシは満を持して周りへ視線を巡らせる。
「今日は金曜ですし、良かったらこの後アタシんちで宅呑みでも、どうです?」
全員の目がキラリと輝いた。よし、死亡フラグ回避!
正直虎の子の超高級生ハムを無償で振る舞うのはダメージが大きいが、実際のところ際限なく食べられるようなものでもないし恐らく大して減りはしないだろう。
…“暴食”ちゃんにだけ気を付けておけば。
「やったーたべるー」
「マジか、僕も行こうかな」
「たまには皆様と親交を深めるのも宜しいですわね」
「お、お邪魔します先輩」
「今日はダイスケに遅くなるって連絡いれておかないと」
みんなが口々に参加を表明する中、“憤怒”課長が立ち上がった。
「よし、今日の買い出しはオレが持ってやる。上がったらスーパー行くぞオメェら!」
お大尽宣言で一気に盛り上がる庶務課室内。
今この瞬間、庶務課の一体感は過去最高に達している。
ありがとう課長、ありがとう生ハム原木。三日分は脳みそ使ったので月曜は有給取りたい。
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