手前味噌

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手前味噌

今更だが、わたしの自己紹介をしよう。 飯塚兎杜(いいづかともり)。 16歳。 高校二年生だ。 名字は召使(めしつか)い、または飯使(めしつか)いから語源が来ているらしい。 わたしの家は、古くから人外饗応役(じんがいきょうおうやく)を担う特殊な家系だ。 饗応役とは神使(しんし)様のお世話係のことで、仕事は食事の世話が主である。 家族構成は両親と兄との四人暮らし。 プラス神使様達諸々。 父は兎丸(うさまる)。 兄は大学生二年生で、調兎(つきと)と言う。 母の鳥子(とりこ)神使(しんし)様をお世話出来るまでの神通力はないのだが、有名な神社の娘であり、趣味と特技は御札作り。 人間用の料理はからっきし駄目という一面があるが、御札の味付けに関しては相当の腕前を持っていて、神使達からは常々好評である。 自宅兼事務所である我が家は、表向きは町のお掃除やさんだ。 『御掃除本舗(おそうじほんぽ)』という店を営んでいる。 一階にある事務所には、呪具庫が設置されていて、呪具庫と呼んでいるいわゆる掃除用具いれには、母が作った御札が整然と並び、神通力を込めたモップやデッキブラシなどが押し込められている。 それらを使い、町に蔓延る負の人外を"お掃除"するのだ。 掃除とは、神使様がそれらを食らうことを指し、そして神使様に食らってもらうには、わたし達、人外饗応役(じんがいきょうおうやく)の"味付け"が必要となる。 初めて磨百瑠(まもる)と一緒に仕事を終えてから5日後。 お父さんにアルバイト代をタカるべく、磨百瑠(まもる)と共に事務所のドアを開けた時だった。 ガラリと引き戸を引いた途端に、磨百瑠(まもる)の顔面に鯉が体当たりしてきた。 バチーン! …と、音はしなかったが、「ぐえ」と呻いた磨百瑠(まもる)は衝撃で後ろにひっくり返り尻もちをついた。 『磨百瑠(まもる)!待ちわびていたぞ!』 鯉は嬉しそうに口をパクパクとさせる。 真ん丸の目が爛々として見えるのは見間違いではないはすだ。 どうも鯉は磨百瑠(まもる)をえらく気に入ったらしく、先日の蜂の巣駆除の出来事から今日までの間、あやつはまだ来ぬかと何度も聞かされていたのだ。 「あいたたた。ねぇまって。俺っていつの間にこんなに熱烈に鯉に愛されてたの」 顔に貼り付いた鯉を剥がし頭に憑けると、おしりを払いながらやれやれと立ち上がった。 「鯉が喜んで光ってる。可愛い」 鯉は機嫌によって七色に変色する性質があった。 普段は黄金一色であるが、喜ぶとヒレが赤く染まり、全身が輝いた。 『磨百瑠(まもる)の神通力は心地よいからのぅ』 鯉は山頂で深呼吸でもするように、力を吸って堪能する。 「あ、そう?まぁ好かれるのは悪い気はしないけどね」 喜んでいる鯉に、磨百瑠(まもる)は満更でも無さそうな顔をした。 神使(しんし)は力のある者に憑いていると、空腹が抑えられる(・・・・・・・・)という作用があり、それはほんの少しずつではあるが、力を吸いとっているからである。 憑かれると、多少なりとも"疲れる"のだ。 しかし、その効果についてはもう暫く黙っておくことにした。せっかく見つけた、数少ない人外饗応役(じんがいきょうおうやく)だ。 今、磨百瑠(まもる)に逃げられては困る。
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