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「こんにちはー。兎杜のお父さんいますかぁー……ああああああ?!?!」
気を取り直して、磨百瑠が事務所に一歩を踏み入れた瞬間、
『ンモオオオオオオ~~~~』
という鳴き声と共に、頭の上から鶏と亀と牛が降ってきた。
降ってきたというより、先程の鯉と寸分の違いなく、磨百瑠目掛けて飛び込んできたのだ。
酷い光景だった。
それはスローモーションで目に焼き付く。
獲物を捕らえようとでもするような瞳孔が開き爛々とした目に、神使様に慣れ親しんでいるわたしでさえも、「ぎゃあ!」と叫んだ。
磨百瑠は目をひんむいたまま硬直し、避ける間もなく神使たちに体当たりされまたもや床に沈んでしまう。
「ぐえぇええ何だこれ」
「ま、磨百瑠っ!大丈夫?!」
「重い。タイム。死ぬ」
真っ黒な牛に押し潰された磨百瑠は、牛の腹の下から助けを求めプルプルとさせながら腕を伸ばした。
『こら撫牛!何をする!わしが先じゃぞ!!』
弾き飛ばされた鯉が飛び魚のように跳ね、ヒレを紫にして怒った。
「え、まって。おっぱいに押し潰されて死にたいって願望は確かにあったけど牛は嫌…だ……く、苦し……」
アホみたいな事を呻いていたので放っておこうかと思ったが、我を忘れた牛は憑くというよりのしかかり、貪っているように見える。
磨百瑠は長い舌でベロンベロン愛でられていた。
その間、助けを求めてさ迷っていた指の先を、亀がガシガシと噛んでおり、鶏は頭をつつき『コケーッ』と鳴いた。
ーーーああ、ゾンビ映画にでてくるモブのようだ。貪りつくされている。
『新しい神通力!新鮮!美味しいわ~~~』
「撫牛さま!磨百瑠が潰れて死にそうです!ちょっと離れてあげてくださいっ!」
ちゃんと"憑いて"もらわないと、重さも伝わってしまうから、牛に乗られたら窒息してしまう。
先に亀と鶏を引き剥がしながら叱ると、『あらやだ』と牛は我に返り横に避けた。
「兎杜、俺は牛乳も牛丼も好きだけど、本体に押し潰されるのは勘弁してもらいたい」
「ご、ごめんね。この間、磨百瑠の話したときから、神使様達みんな会えるの楽しみにしてたんだよね」
手を引っ張って起こしてあげると、じとっと睨まれる。
「これは歓迎の儀だって言うんだね」
「え?あ、まぁ。うん。喜んでるのは確かだよね」
「うん。気持ちは伝わってきた。虫に愛されるのは死んでも嫌だけどそれ以外なら悪い気はしない。
でもその牛、『美味しい』って言ってなかった?」
「……気のせいじゃないかな」
磨百瑠の追求をなんとか逃れようと視線をそらした。しかし撫牛は、空気を読まずにハイテンションだった。
『磨百瑠ったら、いけずね!あたしのことは撫牛って呼んでね。呼び捨てでいいのよ。あたしあんたのこと気に入ったから許してあ・げ・る』
撫牛は人間だったらきっと、ぼんきゅっぼんスタイルのセクシーなお姉ちゃんなのだろう。
うふっとウインクしたのを目撃してしまい、わたしは言葉を失った。
「少し体が怠くなった気がするな。なんか俺、食べられてたよね?」
「怠いのは撫牛様に乗られたせいじゃないかな……寝たら治るから気にしない方がいいよ」
早く話を反らさなくてはならない。
「新鮮って聞こえたよ」
「たぶん空耳だよ。ほら、息苦しかったでしょ?だから一時的に脳が酸素不足になってありえない言葉が聞こえたんだよ」
ーーーそれなのに、
『ほんっっっと磨百瑠が来てくれてよかったわぁ!兎杜達の神通力も美味しいのよ?でもずっーと同じ味だと飽きるっていうかぁ。あたしやっぱり男の子がいいの。調兎もいい味してるけど甘すぎるのよねー、磨百瑠のちょっとスパイシーな感じ堪らな……』
失礼かとは思ったが、わたしは机に起きっぱなしになっていたビニルテープと御札を掴むと牛に向かって投げ、
「ーーーー"塞"!!枷!!」
彼女の口を封印した。
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