王道どころじゃない!

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 べつにお尻じゃなくてもいいんです。なにも穴はひとつだけではないのだし、他の穴を使わないなんてそんなのは凄くもったいない。  口でするのも好きだ。鼻に擦り付けられるのもいい。出したものが目にかかっても気にならないし、耳でシてる音を感じるのもたまらない。  そう。私はビッチだ。  十四歳の初体験で性に目覚め、それから数多くの男たちと寝てきた。私の容姿のおかげかだいたいは向こうから来てくれるので相手に不自由したことはない。そう、したことはない、はずなのだけれど。  私は今、ものすごく欲求不満だ。だって高等部へ入って一年とすこし。誰とも致していないのだから。  なんというかこの学園の皆は私を神聖視している節がある。  たしかに私の見た目は触れれば壊れてしまいそうな繊細さがある。とはいえ、猥談で盛り上がる友人達が私が近づくだけでぴたりと口を噤むのはどうかと思う。  私はそんなに綺麗なものではありませんよー。むしろどろどろに汚れてますよー。ビッチですよー。と、大声で言いたい。でもそれはできない。  こんなどうしようもない私にも体面というものがあり、これでも世界的に有名な企業の子息であるからして、あまりという噂が立つといろいろまずいのだ。  そしてこれがなによりも重要なのだが。  ビッチは基本的に嫌われる。これに尽きる。  そりゃあ同類は寄ってくるだろう。でも私は面食いだ。それも極度の。  顔が良いものとしかセックスできないので、そうではないひとに寄ってこられるのは単純に困る。お相手できない相手への断り文句を考えるのも案外難しいのだ。  だから私の本性は隠している。そう、隠しているのだけれど。  セックスがしたい。  誰か、本当に、切実に、私とセックスしてくれないだろうか。 「おーい、あんた、聞こえてるかー?」  この際穴を使って欲しいなんて我儘はもういわない。触ってもらえるだけでいい。触らせてくれるだけでもいい。とりあえずいやらしいことを。エロいことを。させて欲しい。 「おーい、どうしたんだ、具合悪いのか?」  目の前でひらひらと振られる手は誰のものだろう。  大きい手だなあ。指も長い。節が目立つ感じがいい。いやらしい手だなあ。こんな手に触られたらどれだけ気持ちいいだろう。  ひらひらと振られる手を目で追いかける。 「ふはっ! なんか猫みてえ」  そうです。私はバリネコです。  タチに回ろうとしたこともあったのだが絶望的に向いていなかった。なので私はネコ専門だ。 「これでどうだ!」  ぱちん! 目の前で大きな音が鳴り、どこか霞がかかっていた意識が晴れる。 「ねこだまし、効いた?」  あ、声もいい。すこし高めだが、成長すれば甘い低音ボイスになる可能性を秘めた声質だ。 「はじめまして、俺は前崎(まえざき)(まもる)。守って呼んでくれ! そんで、あんたの名前は?」  もじゃもじゃの鳥の巣みたいな黒髪に、今時滅多にお目にかかれない分厚いレンズが嵌った眼鏡。  残念だ。非常に残念だ。  手はいい。声もいい。なのに容姿があまりにも残念だ。というか少々不潔ではないかな。髪はいつ洗ったのかな。眼鏡も皮脂で曇っている。髪と眼鏡のせいで鼻から下しか見えないし。  いやまてよ。鼻の形は綺麗だ。すっと鼻筋が通り大きさもちょうどいい。唇はすこし薄めだがこれもまた綺麗だ。  いいなあ。キスしたい。キスしてほしい。舌はどうだろう。やっぱり薄いのだろうか。でもその分長そう。長い舌に舌を絡めとられるのを想像すると唾液が溢れてきた。  おっといけない。多分この子は転入生だ。 「はじめまして、水原圭志といいます。遥ヶ丘学園へようこそ」  ちょっと、ちょっとだけでいいので触らせてくれないだろうか。という下心で手を差し出す。 「よろしくな、圭志!」  ぎゅ、と握られる手。やっぱり大きい。そしてなにかスポーツをしているのだろうか、すこしカサついている。でもそれがいい。身体を撫でられるとき、肌に引っかかる感触はたまらない。  すりすり、と撫でたくなる手を必死に押さえつけ、火照りそうな顔を誤魔化すために「こちらこそ」と無理やり笑顔を浮かべた。  すると守の唇がへの字に曲がる。ああ、寄ったシワがいやらしい。  ぽう、と見惚れそうになるのを耐え笑顔をキープする。 「無理して笑うなよ!」 「え」 「俺の前では無理して笑わなくていいから!」  な、な、なんだそれは。もしかして私がいやらしい目で見ていることに気づいてしまったのだろうか。  そうだとしたら彼はなんて、なんて優しい子なんだ! 私の色欲にまみれた視線を受け止めてそれでもなお、私に取り繕わなくていいと言ってくれるなんて!  ああ神よ感謝いたします。私はこんなひとを待っていたのです。 「あの、気持ち悪く、ないですか」  引き締めていた顔面筋を緩めだらしない顔を晒すも、守はぶんぶん、と勢いよく首を横に振る。ふわふわと髪が揺れているのがなんだか可愛い。  許可を得たのだから、と遠慮なく舐め回すように眺めても動じないなんて。なんて強い子なんでしょう。  だが大きな手といい、見える範囲だが整った顔といい、彼は十分にタチとしての素質がある。  このまま成長すれば立派なタチになってくれることだろう。 「そんなことねえよ! 自然な笑顔で、すげえ綺麗だ!」  ああ神よ。懺悔いたします。  正直この学園の人間は不能の集まりではないのかと思っていました。ですが神よ、あなたは私に彼を遣わしてくださった。  願わくば、このまま彼が順調に成長し、いつかセックスができますように。
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