王道どころじゃない!

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 ぎ、ぎ、とベッドが軋む音が耳障りだ。カエルの死骸のようにひっくり返った男は顔を真っ赤にして喘いでいる。  煩い。そう思ったので手で口を塞いだ。  ぐぅ、と相手の喉が鳴る。汚え声だ。清楚ぶって寄ってきたくせにやけに慣れていやがる。  本当に、汚い。 「会長、お時間よろしいでしょうか」  ノックのあとに聞こえた声に下にある身体が強張り、穴が締まる。これ幸いと快感を追い、一気に絶頂まで駆け上がった。 「失礼しますよ」  ドアを開けて入ってきた男を見るたびに、目の奥でちかちかと光が弾けるような奇妙な感覚がする。  生徒会室に併設されたプライベートルームへ入室してきた水原圭志は、目が眩むほど美しい男だった。  圭志は呆れたように深い息をつく。嫌悪に濡れ、どうしようもないやつを見るような目で見られるのは面白くない。 「会長、べつにするのは構いませんが、仕事を終わらせてからにしてください」  圭志の注意には反応せず簡単に服を整えて、裸の男をベッドから追い出す。 「いつまでいんだ。さっさと消えろ」  ベッドから転がり落ちた男は涙目で服を集め出す。  最後に圭志を睨みつけて出て行こうとする男を、なぜか圭志が引き留めた。   「大丈夫ですか、乱暴なことはされませんでしたか。まだ辛いでしょう、お茶を用意しますので、すこし休んでいかれてください」  自分のブレザーを脱ぎ男の肩へかける圭志に驚いた様子の男を見た瞬間、ぶわっと苛立ちがわいた。 「圭志」  唸るような威圧的な声だった。  なのに圭志は「なんですか、バ会長」なんて言って振り返る。  その顔には凍りついたような笑顔が貼り付いていた。  しゅるしゅる、と苛立ちが萎んでゆく。 「構うな。つけ上がるぞ」 「あなたはすっきり爽快でしょうけど、彼は辛いはずですよ」 「はっ、知ったかぶんなよ」  清廉な外見で生々しい話をされるのはなんともいえず微妙な気持ちになる。  性欲なんてありません、みたいな顔をしている圭志は潔癖だ。  こうして情事の現場を見るたびに笑顔の温度が下がり、冷えた空気を発しだす。そして穢らわしい、と言わんばかりの目を向けてくるのだ。 「立てますか? すぐに温かいお茶を用意しますね」 「あ、あの、ご、ごめんなさい」 「謝らなくていいですよ。それよりもっと自分を大事にしてあげてください」 「は、はい、ありがとうございます」  労わるように肩を抱いて部屋を出て行く圭志を呼び止めると、氷のような眼差しが返ってきた。 「なんですか」と圭志は刺々しい声を発する。 「そんなに欲求不満なら、私がお相手してさしあげましょうか」  軽蔑しきった様子でこちらを見る圭志が腹立たしくて鋭く息で笑う。 「冗談じゃねえ。処女の相手なんかしてられるか」  潔癖な副会長様は白百合のような清廉な姿で侮蔑の笑みを投げてよこした。  そんな性の匂いを一切感じさせない圭志が、今日会ったばかりの転入生を気に入ったのだという。  面白くなりそうな予感に勝手に口角が上がった。
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