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おかしい。こんなはずじゃなかった。
私は無心でキーボードをタップする。カチカチと鳴る無機質な音が単調で、なんだか現実味が薄くなってくる。
「おかしい」
守が転入してきて早一週間。守と友好を深め、ついでに距離を徐々に縮め、そして違和感なく触れ合う関係になり、最終的にはセックスをする仲まで持っていくはずだったのに、私はこの一週間、生徒会室で大量の仕事と格闘している。
「こんなはずでは」
守を立派な、なにより私好みのタチに育て上げるという計画は早々に頓挫しかけている。
それもこれも生徒会役員の暴走のせいだ。
まず会長が守に構いだした。それによって守に興味を持った会計の真人が続き、書記の賢治が懐き、庶務の双子、理愛と喜愛がその輪に加わった。
「私も仲良ししたい」
みんなして守を構い、そして生徒会の仕事をするひとがいなくなった。
楽しくわいわいしている裏で溜まっていく書類やデータに気づいてしまえば放っておけるわけもなく。私はひとり、守を囲む輪から抜け、こうして仕事と戦っている。
こうしている間にも守がネコにされているかもしれない。
そう、私が危惧しているのは、会長や真人の手で、守がネコにされやしないかということだ。
たしかに立派なタチになるには受け身の経験も大事だ。どこをどうすればいいのか体験して、是非ともそれを私で試してほしい。
だが完全にネコに堕とされてしまったらどうしよう。せっかく本性を晒しても嫌な顔せず受け止めてくれるひとが現れたのに。守が完全にネコに堕ちれば、私の計画はすべてが水泡に帰する。
なんとしても、なんとしてでも守のネコ化を防がなくては。
それでも会長は強い。彼は理想のタチだ。そんな最強のタチと、軟弱なネコの私が対等に戦えるかは疑問だが頑張るしかない。
「これは風紀に持っていかないと」
どうしても直接渡さなければならない書類を手に風紀委員室へ向かう。
「生徒会の水原です。委員長に面会をお願いします」
インターホンに向かい口を開けば、すぐに了承をもらえた。
ピピッ、と施錠が解ける音がしたのでドアを開く。その先に広がるのはオフィスのような光景だ。
広い室内。固まるデスクで何個かの島ができ、それぞれが自分の役割をこなしているのがひと目でわかる。
何人か生徒会に貸してくれないだろうか。
「水原副会長、お疲れさまです。委員長室にご案内いたします。こちらへどうぞ」
風紀委員のひとりがぴしりと背を正し前をゆくのについていく。
案内された委員長室はオフィス然とした場所と打って変わって歴史を感じさせる重厚さで、ででん、と鎮座するデスクセットがまさに重役の椅子、といった感じだ。
「生徒会の水原です。お時間をいただきありがとうございます」
「構わない、座ってくれ」
とんでもない美丈夫にアンティークのウィングソファを示されてそこへ座る。
「承諾をいただきたい案件がいくつかありまして、できれば早急に判をいただきたいのですが」
「新歓の件だろう。風紀からはこれ以上、警備に回す人員は増やせない」
「はい。承知しております。ですから警備部に協力を要請しました。風紀委員会にはそちらと連携していただき、もう一度警備体制を見直していただければと」
書類を手に、ふむ、と顎をさする男を目の前に緊張して乾いた喉を、出された紅茶で潤した。
「いいだろう。本日中に処理して届けさせる」
「ありがとうございます」
すっきり喉も潤って、私好みの紅茶を淹れてくれた風紀委員に感謝した。
さて、と私は立ち上がる。ふかふかの椅子は離れがたいけれど、ここに長時間いるのはいろいろまずい。
「それでは私はこれで、」
「待て」
バリトンボイスが腰に響くので、無闇に出すのはやめていただきたい。
「最後に食事をとったのはいつだ」
「え、っと。今日の昼? いや昨日の夜、でしたっけ?」
「話にならんな」
眇められる青の瞳が艶っぽい。
ああやっぱり駄目だ。私はどうにもこのひとに弱い。だってべらぼうに顔がいい。声も妊娠しそうなほど色っぽい。
この男、風紀委員長である真龍院勝喜は私の好みが具現化したかのような存在だ。
海外の血を思わせるプラチナブロンドの髪は前髪だけ軽くかき上げられ、その下には鋭いアクアマリンの瞳。鼻筋も太く男らしく、唇は薄く顎はしっかりしながらも厳つくはないという絶妙さ。筋が浮く太い首と、すらりとしながらも程よく筋肉のついた身体、そのすべてが完璧だ。完璧に私好みの容姿をしている。抱いてほしい。彼に抱いてもらえるのなら向こう一ヶ月は禁欲してもいいと思うほど、彼は私のつぼを抑えまくっている。
「ここで食べていけ」
これほど好みの男を前にして手を出すのを我慢しなくちゃいけないなんて。
「いいえ、そこまでしていただくわけには」
「無理やり食べさせられたいのか?」
高圧的な物言いが最高に色っぽい。もはや拷問だ。殺してくれ。
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