王道どころじゃない!

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 真龍院(しんりゅういん)勝喜(かつき)は掴んだ手の華奢さに眉を顰めた。  細い。自分の手とひと回りは違うのではないかと勝喜は思う。 「すまない、泣くほど怖かったか」  驚きに見張られた圭志の瞳が濡れている。その反応に勝喜は舌打ちしようとしたのをどうにか耐えた。  水原圭志は美しい、らしい。  勝喜は美醜に頓着しない男なのでその美しさを理解しているわけではないが、皆が揃って圭志の容姿を褒めるので、きっと美しいのだろうと思っている。  が。勝喜は掴んだ手首の先、圭志の手が震え落ちるフォークを目で追う。カラン、と硬質な音を立てて皿にぶつかった。  勝喜は舌打ちの代わりに出てきそうなため息を呑み込む。  圭志が自分を汚いとあまりにも痛ましげに言うので衝動的に掴んでしまったが、これではっきりした。  水原はおそらく被害者だ。  勝喜は前々から思っていたことに結論を出しゆっくりと手を離す。  風紀委員長をしている勝喜はその手の被害者と多く接してきた。彼らは繊細で、脆く、特別なケアが必要だ。  おそらく圭志にも他人には言いたくない過去があるのだろう。でないとこんなふうに怯えた反応はしないはずだ。 「いえ、こちらこそ、すみません、ぼうっとしてしまって」  気丈に笑う圭志はしかし、完璧にはとり繕えていない。顔は強張っているし勝喜がはなした手は強く握られ、かすかに震えている。  勝喜は眉間にしわが寄ってきたのを自覚して指で揉んだ。なにかを考えるときにしてしまうそれは最近癖になりつつある。  勝喜は水原圭志のことが苦手だ。  勝喜は普段威勢のいい人間と接することが多いので、いかにも繊細そうな彼に対してどう接していいのか分からない。それこそ被害者と同じように対応しなければと思うと気が重い。自分はケアやフォローの役割に向いていないという自覚があるので、できれば関わりたくないというのが正直な気持ちだ。  過去に嫌な経験があると確定した今、改めて接し方に気をつけなければと思う。  圭志は美しく、この学園でもトップクラスの人気があるので、たくさんの生徒たちに目をつけられていることだろう。注意して見ていなければ。  勝喜はもう一度謝罪して、本来したかった話に話題を変えることにした。 「お前以外の生徒会役員は前崎を構うのに忙しそうだな」 「なんのことでしょう」 「生徒会の仕事をひとりでは回すのは大変だろう」 「……」 「あいつらは仕事を放棄しているんじゃないのか」  この部屋へ入ってきた圭志は憂いを帯びた表情をしていた。  疲労はうまく隠せていたが、なにかを憂いていることは隠せておらず、よく見てみれば少し痩せているようだったので勝喜は食事に誘った。単純に、この忙しい時期に倒れられたら困るので。  案の定いつ食事をとったのか分からない様子で、強引に食事をさせ、しかし憂い顔は変わらない。  もとから圭志以外の生徒会役員が猿の尻を追いかけているのは知っていたので、おそらくそのしわ寄せがすべて圭志へいっているのだろうことは想像に難しくない。 「私の要領が悪いだけですよ」  そう言って微笑む姿は、美醜がよく分からない勝喜から見ても、顔を上げ咲き誇っていた白百合が項垂れ花弁を落としていくような、そんな儚さがあった。 「ご心配をありがとうございます。でも大丈夫ですよ。それより風紀は新歓の準備のほう、順調ですか?」 「こちらは問題ない」  そちらは大丈夫そうに見えないが。という言葉を勝喜は飲み込んだ。おそらくひとりで仕事を回しているだろう圭志の心を挫きたくなかった。繰り返すが、今ここで圭志が折れてしまえば、その皺寄せがくるのは風紀委員会だ。ただでさえ忙しいのにこれ以上は手が回らない。  間近に控えた新入生歓迎会のプランは構想を終え、最終調整の段階まで進んでいる。  今年の新歓は宝探し。人気生徒、それもランキング入りしている生徒が宝となり身を隠す、かくれんぼのような催しだ。  一般生徒はそれを探し、見つけたものには褒賞として獲得した宝、つまり人気生徒へひとつのお願いができる権利か、一ヶ月の学食無料の権利が与えられる。  あたりまえに常識の範囲内での願いに限られるが、一日デートや、抜け駆け認定されない公認の告白、などが大半だろう。そのときばかりは親衛隊も口出しできない。  風紀委員会はゲーム中の巡廻、取締りがメインになる。とくに今は転入生である前崎守の関係で問題が起きる可能性が高かった。 「ご馳走さまでした」 「もういいのか」 「ええ、お気遣い、本当にありがとうございました」  そう言う圭志の顔色はすこし赤い。目も潤んでいるようだし、体調が悪いのだろうか。  律儀に勝喜の食事が終わるまで待つつもりらしい圭志に退室を促し、勝喜も席を離れ見送ることにする。  そういえば俺が手を掴んでから目に見えて料理を口に運ぶ動きが遅くなっていた。これは本格的に過去になにかあった可能性が高い、と勝喜は推測する。  だが踏み込むわけにもいかず、ドアを開けて支え、圭志が通り抜けるのを見送る。  と、小さく頭を下げ歩き出した圭志が不意によろけた。咄嗟に支えるが身体に力が入らないらないようでしばらく胸に縋られる。  ふわり。花のような香りがした。  圭志の腰に回していた手に思わず力が入る。そのとき、その細さに勝喜は驚いた。  細い。同じ男とは思えないくらいに。  無意識にするりと撫でると小さく震える圭志からは、変わらず花のような匂いが香っていた。  もう一度腰を撫でる。もうすこし食事をとらせるべきだったか。と、勝喜が思っていたとき。 「ぁ」  という声に勝喜は目を瞠る。すこし掠れた、かすかに怯えの滲む声。  勝喜は驚いたままに「敏感だな」と呟き、次の瞬間には後悔した。  圭志は男が怖いかもしれないのに、事故とはいえ不用意に触りすぎた。 「すまない」  謝罪すれば圭志は「いえ」と緩慢な動きで首を振る。  だが嫌悪を耐えるように潤んだ瞳。無理に引き締めたような、怒りと羞恥に染まる表情は、勝喜にはとても大丈夫には見えなかった。 「あれ、ケイシーは?」  手にホットタオルをもった中馬が顔を出しきょろきょろと圭志を探すのに、勝喜は我慢していたため息を吐き出した。 「ケイシーは?」 「ああ、帰らせた」 「えー、おめめあっためなくて大丈夫かなー」  呑気な中馬に気が抜けて、勝喜は苦笑を浮かべる。 「中馬」 「ん?」 「アタリだ」  圭志はまず間違いなく性犯罪の被害者だ。  痛ましげな顔をした中馬に頷き、勝喜は昼食を切り上げデスクに座った。
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