蛇体鉄柱式共用栓

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蛇体鉄柱式共用栓

♦♦♦ 神社で友達と遊んだ後、今日は早く帰る様に促された僕は、友達のオニくんと一緒に家路についていた。神社の中では額に一本の立派な角が生えているオニくんは、僕と町を歩いている時はその角を上手に隠している。 オニくんが、他の人にも見える様に歩いてくれてるのは僕が前にこっぴどくお父さんに怒られてからだった。 通りを歩く友達もオニくんが側に居ると何故か寄って来ないし、サッと何処かへ行ってしまう。 前におばちゃん魚に聞いてみたが、おばちゃんは怖いとは思わないらしい。だけど、殆どの者はオニくんを怖がるのは当然な事だと言っていた。 理由を聞いたら「強いからに決まってるだろう」と言われた。そんなオニくんを怖くないと言うおばちゃん魚も実は強いんじゃないかなと思って居る。色んな意味で。 家に着くと、幼い弟がお母さんと一緒に出迎えてくれた。 「おかえり、にいに」 「ただいま」 僕の足にタッチしてくる弟は正直、可愛い。 両親の愛情を一身に受けて、すくすくと成長している。 かつてはもやもやした感情を持っていたけれど、それを弟にぶつけてはいけないときつねさんにもオニくんにも言われた。 両親が僕にどう接したら良いのか分からないのはよく分かっている。 僕も僕にしか見えない友達の事を理解してもらおうと思う事をやめてから何となく心が軽い。 「……おかえりなさい」 「……ただいま」 別に嫌いな訳じゃない。只、お互いの距離感が微妙で納得いってないからこうなるだけなのだ。 「……それでは、今日はこの辺で」 オニくんがそう言って、玄関のドアノブに手を掛けた時、お母さんが咄嗟に呼び止めた。振り返ったオニくんの顔を見て少しビクっとしていた。 オニくんの目は近くで見ると黒目が縦になっていて、分かり易く言うなら猫の目の様なのだ。普段、見慣れないであろうその目に驚いたのか、オニくん自体が放つオーラを恐れたのかは分からない。 「……何か」 「い、いえ」 「では。ああ。そうだ。言い忘れていたが、今日は夜遅くに蛇口を捻るなよ」 「え? 何で?」 「何でもだ」 そう言ってオニくんは帰って行った。オニくんは低くい声で穏やかに話す。耳心地の良いその声で話されると大概の女性は放心するらしい。それはお母さんも一緒で、ほんの数秒しか話していないのに既に放心状態だ。弟の「まま」と言う呼びかけでようやく、我に戻ると夕飯の準備に取り掛かった。 お風呂から戻るとお父さんも帰って来て、また微妙な「おかえり」と「ただいま」の挨拶を交わした。いっその事、辞めたら楽なのかなとも思うけど、これが両親と僕が唯一毎日交わす言葉なので、辞めるにやめられないでいる。 弟が無邪気に食べる中、僕は黙々と食べて、早々に自室に籠った。 そんな自分の背中に両親が視線をとぎれとぎれに送ってくるのを感じたが、気づかない振りをした。 学校の宿題を終わらせた後、日記を書いて、歯磨きをして布団に潜り込むと眠りについた。 暫く、心地よい眠りに包まれていたがやがて尿意を感じ、目を覚ます。 一階に降りてトイレを済ませると、何時もの様に手を洗うために洗面所の蛇口を捻った時だった。 蛇口の先から何かが出て来た。 真っ白な餅の様なそれは小さな蛇口からもりもり侵入してくる。 何が何だか分からず、後ずさると足にその餅の様な白いものが巻き付いた。 ヒヤリとして冷たく、背筋がゾッと逆立つのを感じた。 やがて、すぽん! と軽快な音を鳴らしながら、それは姿を現した。 《初めまして。継ぐ子くん。私は蛇神だ。気軽にへびりんと呼んでくれていいよ》 その白い餅の様な物体の正体は白い大蛇だった。蛇神改めへびりんの体はとても長くて大きいので脱衣所はぎちぎちになっている。へびりんの体に絡み取られる形で巻き添えを食った僕も苦しい。 「へ、へびりん。体の大きさは変えられないの? く、苦しい、んだけど」 《ちょっと待って! 私も苦しいんだよ! あれ? どうやるんだっけなあ》 へびりんが体をゆらゆらくねくねさせる度に徐々に締まって行くのが分かる。 もしや、物凄くフレンドリーに見せかけて僕を殺しに来たのかと思ったが。 《ち、違うよ! 継ぐ子を殺しに来る訳ないだろう! 私は神様だぞ!》 だそうです。だったら、早く小さくして!! と思った瞬間。 ポンと小さな破裂音と共にへびりんは通常サイズの白蛇の姿になった。小さいその姿はとても愛らしく見えた。 「お水いる?」 《頼む。出来れば砂糖水だと嬉しいのだが》 「分かったよ」 僕は小さく息切れするへびりんに砂糖水を一杯あげた。 「それで、今日は何しに来たの?」 《お前を迎えに来たんだよ》 「え?」 《お前、子供達を冥土へ送ってくれていたな? あれは神聖な行為でな。神から資格を与えられた者だけが許される行為なんだよ。だから、お前に赦しを与えに来た》 「僕はどうなるの?」 《どうもならんよ。只、この家の者とはさよならしなければならなくなる。お前は私の赦しを得たら、年を取らなくなるからな》 「嫌だ」 《拒否するなら、私はお前を食わねばならぬ。神域を侵した大罪人としてな》 「そんな……」 「だから、蛇口を捻るなと言ったじゃないか」 気が付くと、鏡にはオニくんが映っていた。思わず小さな悲鳴が漏れたが、オニくんは構わずに鏡の中から家の中に入って来た。 「蛇神様、この子を見逃す事は出来ませんか。この子は普通に人として生涯を全うして貰いたいのです。その方が、より多く冥土へと導けると思うのです」 《私もそう思うよ。だけど、無理なんだよ。神の掟は曲げられないんだ》 こうして、僕はへびりんの赦しを得て、人では無くなってしまった。 だから、家を離れなければならなくなった。へびりんは家族の記憶から僕を少しずつ消して辻褄を合わせる事も出来ると言ってくれたのでお願いする事にした。 お父さんもお母さんも弟も最初は悲しんでいたけど、徐々にそれも無くなって今では、僕は最初から居なかった事になっている。 僕はあの神社で神使見習いをしている。家族は居なくなってしまったけれど、きつねさんもおばちゃん魚もオニくんも側にいてくれる。後、時々へびりんも。寂しさは埋められないけれど、きっと、沢山の友達がそれを薄めてくれるだろう。これから先の長い時を掛けて。 そうだ、へびりんが教えてくれたんだけど、蛇体鉄柱式共用栓(じゃたいてっちゅうしききょうようせ)って水の神様が由来なんだって。 それが縮まって「蛇口」と呼ばれる様になった。 水の神様と何時でも繋がれる場所がこんなに近くにある何て知らなかったよ。 手記の最後の頁には「継ぐ子」とだけ書いてあった。 僕はこの手記をある神社で拾った。彼岸花が咲き乱れる、その神社には竹ぼうきを握り何時もにこやかな神主が居る。 何処か懐かしいその文体と話し方にどうしようもなく心が引かれて慕わしい気持ちが込み上げる。 「にいに……」 そう呟いて直ぐに「にいにって誰だっけ?」と疑問が浮かんだ。 昔から、何かが欠けている様な感覚がある。それはとても優しくて儚いものの様な気がしてならない。でも、それが何なのか、思い出せずにいる。 僕には現在、息子が二人居る。 上の子は良く分からない妄言を良く喋るので、これから丘の上の病院にカウンセリングに行く所だった。その病院はとても腕の良いカウンセラーが居るとこの神社の神使さんが教えてくれた。
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