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15. 旅行の話
堀田から連絡を受け、陸はぶらりと出かけていった。
会うのは一週間ぶりで、待ち合わせ場所に行くと彼は大きな紙袋を持って立っていた。
「おっすー。元気?」
陸が声をかけると、堀田は短く「おう」と返事をした。
それから早速手に提げた紙袋を陸に差し出して、
「これお土産。こないだ箱根行ってきたんだよね」
と言うのだ。
「へえ! え、家族で行ったの?」
「うん。姉ちゃんとこの子、ええっと、おれの姪っ子になるんだけど、誕生日でさ。だから姉ちゃん家族と、うちとで、一泊だけ」
堀田はお姉さんと結構歳が離れている。そのお姉さんは早くに結婚して、絶賛子育て中だ。
「温泉入った?」
「そりゃあね」
「いいなあ。……わー、うまそー。ありがとね」
陸は紙袋を覗いて、そう言った。
「いいけど、やっぱ温泉は冬だよ。あっついわ」
「んはは。それはそうかも」
そんな会話をしながら、二人でファミレスでランチをした。ドリンクバーで粘りながら、だらだらとおしゃべり。
こういう時間を過ごすのが、いつもの二人だ。のんきで、力が抜けて、ちょうどいい。
「陸んとこは、旅行とか行かんの?」
「行かーん。ちっちゃい子いないしね」
「いや、ほら、小川っちと」
「へえ?!」
思いがけない名前が出て、陸は頓狂な声を上げてしまった。
堀田はあわてて、人差し指を唇に当てる。
「あごめん。……いや、行かないだろ、普通に」
声のトーンを落とし、陸は努めて冷静に答える。だが、内心の動揺はおさまらなかった。
先日小川の地元を歩いたが、あれは陸の中で結構な旅だった。でも旅の醍醐味はやっぱり、宿泊だろう。
そんなこと、できるはずがない。
「つきあってんだよね?」
堀田は当然のようにそう尋ねてくる。
「いや、つきあってないんだってば。マジで」
そこのところは、本当に強く、言い含めておかなければいけない。そういう事実はないのだと、はっきりさせておく必要がある。それは、自分たちのためなのだ。卒業したら堂々とつきあうために、今は我慢のときなのだから。
そんな細かいことまでは堀田にはもちろん言わないが、とにかく否定しておく。
「ふうん。まあ、わかったよ」
納得してくれたかはいまいち不安だが、堀田はとりあえず頷いてくれた。
*
その日の夕方、いつものように陸は小川の部屋にいた。
互いに一日の報告めいたことをぽつぽつと話していたが、小川がふと尋ねてきた。
「武藤くんのとこは、夏休みに旅行とか行かないの?」
昼間の話からの流れで、あまりのタイムリーさにぎくりとする。
「……中学までは、毎年行ってたけど。去年、から行ってないかな。今年も、別に予定してないし」
「そっか」
「え、先生は? 旅行とか行く?」
ほんの一瞬、期待した。もしかしたら、旅行のお誘いがあるかも? だなんて。もちろん、行けるはずもないことはわかっていたけど。
「去年は行ったなあ。男四人で台湾」
「へえ。食べ歩き的な?」
「まあね」
男四人、という部分にほっとしている。行き先が海外だったことは、ちょっと驚きだったが。
「ご両親は旅行好きなんじゃない? 毎年行ってたなんて羨ましいな」
「うん、普段から出歩くの好きだし。今年は二人で行こうかって話してたみたいだけど、あれどうなったんだろ、聞いてないな」
「一緒に行ってあげたらいいのに。……いや、まあ二人で行きたいのかもしれないけど」
陸は親の顔を思い浮かべた。陸が行きたいと言えばもちろん歓迎されるだろうが、二人で寂しいということはないだろう。家族旅行とはまた、別の楽しみがあるんじゃないかと想像する。二人は今でも仲良しだし、会話も多い。
「ねえ、先生は今年は、旅行の予定ないの」
「ないよ? 武藤くんのご両親がもし、旅行で不在の日があるんだったら、その日うちに泊まりにくれば?」
「え、」
思いがけない提案に、前のめりになる。
「そういうときってどうしてるの? おばあちゃんの家に行くの?」
「ううん! 全然、……いや、今までそういうことなかったからわかんないけど、……普通に一人で留守番してるよ」
「だったらいいかもね」
小川の表情は、どこか浮かれていた。いいことを思いついたと、自分に満足しているようだった。
もちろん陸に異論はない。
陸は、早く両親の旅行の日程を知りたいと思った。本当に行くのかどうかも、まだわかっていないのに。
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