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目が覚めた陸は、今長い夢を見ていた気がしたのに思い出せなくてもやもやした。首をひねりながら自室を出て、キッチンへ向かう。
「あんた昨日何食べたの?」
起きてきた陸に対して、母は挨拶もなしにそう言った。
「え、何」
「ごみがなかったから。外食?」
言われてやっと、昨夜の記憶がよみがえる。違う、夢じゃない。
「……うん」
「お金足りた?」
「大丈夫」
平静を装って答えながら、陸は内心ドキドキしていた。
昨夜、陸が帰ったのは九時過ぎくらいで、両親はまだ不在だった。父は、母と合流して食事を済ませて来ると連絡があったので、風呂に入ったあとは部屋に引っ込んでいた。だから二人が帰ったときもドア越しに会話しただけで、顔を合わせていない。
さらりと言ってしまえばよかったのだが、説明が面倒で言えなかった。
小川先生にごちそうになったから、もらった千円はまるごとポケットに残ったままだ、と。
「悪いけど、昨日ご飯炊いてないからお弁当ないのよ。学食でも行ってね」
渡された五百円玉に少しの罪悪感を覚えながらも、ありがたく受け取った。
別にやましいことがあるわけじゃないのだ。食事の後はまっすぐ帰ったし、何か深い話をしたわけでもない。ただ食事代を出してもらっただけ。それでも親は気にするだろうし、何かお礼を、などと言い始めたら面倒だから。言わない理由は、ただそれだけ。
自分に言い訳するように、陸は頭の中でそう考えた。
昨夜のことを、思い返しながら。
小川と二人、食事をしながら楽しく話をした。
「いつもはおれ、お米研いだりとか、ちょっとは手伝ってますよ。フライの衣つけたり、もやしのひげ取ったり」
「そっか。そりゃあいいことだな、これからもやったらいいよ」
小川はハンバーグにカットステーキがついた豪華な鉄板を前に、うんうんと頷いている。
陸は結局、ハンバーグ&エビフライを選んだ。これについては小川の後押しがあってこそだった。
あわよくばおごってもらおうという腹づもりはあったものの、あまり高いものはよろしくないだろう。候補の中ではオムライスが一番安価ではあるが、メニューの写真を見ていたらやっぱりハンバーグが食べたい。なんならエビフライもつけたい。でも高い。もし自分で支払う場合、母からもらったお金では足が出る。
そうやって陸が逡巡している様子に気づいたのだろう、小川は自ら高額なメニューを選択し、「おれも食うから、遠慮せず好きなの選べ。先生のおごりだ」と笑った。
不覚にも、ズキュンときた。なんだよ、先生かっけーじゃん、と思った。さっきから何度も、小川を見直している。
「先生、家どっち?」
無事に食事代を支払ってもらった陸は丁寧にお礼を言って、店を出た。
「おれこっち。南側」
「あ、おれも。保育園より向こうです?」
「その隣よ」
「マジすか。めちゃ近いじゃん」
わかってみると、二人はどうやらいわゆるご近所さんだったのだ。陸の家はファミリー向けのマンションで、目の前の通りを挟んである保育園の隣、単身者用の小さなアパートに小川が住んでいる。
「今までもニアミスしてたんすかね」
「かもなあ。気づかんかったけど」
「…………」
小川はもう起きているだろうか。いや、もう家を出ている時間だろう、先生はいつも早いから。
高校生である陸は、一人暮らしの想像がつかない。どんな部屋なのか、いつも何を食べているのか。寝起きってどんな感じ? ひげとか剃ってんの?
陸はあまりひげが生えない体質らしく、自分では何もしたことがなかった。だが同級生で柔道部の尾上くんはもう、毎朝ひげを剃っていると聞いたから、大人である小川先生も当然、そうなんだろう。
ひげ、似合いそうだな。
いや、なにおれ小川の生活とか想像しちゃってんの?
はっ、と冷静になった陸はぷるぷると首を振る。
「陸。ぼーっとしてないで早くパン食べちゃいな」
「はあい」
母に促され、食卓についた。
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