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友達同士の旅行を、陸はまだしたことがない。
小川の去年の旅行の話を聞かせてもらって、いくつか写真も見せてもらって、とても羨ましく思った。
もし小川と旅行に行くことがあったら。
そんな想像をしてしまうが、今はまだどうせ無理だ。バイトもしていない陸は旅費をどうやって捻出するのか。こつこつ貯めたお年玉はあるものの、旅行に使えば一瞬でなくなってしまう。
このまえ小川の地元へ行ったのはとても楽しかった。あんなふうに、旅先でもぶらぶらと街を歩いて、たくさん写真を撮って、おいしいものを食べて。
夜は……、夜は、ホテルに泊まるんだろうか。
ホテルってどんな感じ? 旅番組で紹介されるような豪華なホテルしか知らないが、まさかそんな贅沢はしないだろう。家族旅行のときは、旅館で三人一部屋、畳の上に布団を敷くようなところばかりだったので、あまり想像がつかない。
「どしたの?」
「あ、ううん」
違う違う、二人でホテルに泊まる話ではないのだ。この部屋に泊まることを想像しなければ。
「客用の布団はあるから、安心して。ちゃんとその日までに干しとくし」
「え、あるんだ?」
「あるよ。何、残念?」
意地悪い顔をされたので、ぶんぶんと首を振る。
「そういう言い方しないの。……前に、駒野先生が泊まったとき、小川先生その座椅子に寝てたじゃん。だから」
「ああー、あったね、そんなことも」
あのときは、酔っ払ってどうしようもなくなった駒野を、急遽泊めたそうだ。自分も酔っていたし、布団を引っ張り出すのがどうにも大儀だったため、そのまま座椅子で寝たらしい。
「武藤くんとだったら一緒に寝たっていいんだけど、まあそういうわけにもいかないしね」
「もう! だから、そういうこと言わないでってば」
「はい。すいません」
小川は素直に反省の言葉を口にして、肩をすくめた。
この頃の小川は、よくそういうことを言うのだ。
卒業するまで、本当にこの大人は待ちきれるのだろうか?
でも、口でふざけたことばかり言いながら、本当に決して手を出しては来ないのだから、信頼していいのだろう。
もしその気がないなら、つまり、本気でつきあう気がないのなら、逆にさっさと手を出して、あとは適当にあしらわれるのがオチだろうから。
卒業まで待って正式につきあう日のことを、ときどき陸は怖くなる。このままずっとプラトニックな関係を続けて、いざそのときが来たら、どう振る舞えばいいのか、わからなくなりそうだ。
そのときが来たら、……やっぱり、手を出して来るんだろうな。というより、そうしてもらわないと困る。いや、困りはしないけど、でも、そうして欲しい、と思う。
どんな風にするの? なんて、思わず想像してしまう。
「へへ。武藤くんときどき考え込んで、一人で顔赤くしてるの可愛いね」
頬杖をついて、小川がそんなことを言った。
陸は、ツンとすまして返事をしなかった。
陸はこの頃、スルースキルを身につけたのだ。
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