1. 遭遇

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1. 遭遇

 本屋で見るのは、主に雑誌の類だ。  ファッション誌や、音楽系の雑誌を見ることが多い。あとは写真が好きなので、カメラとか、趣味系の雑誌。  武藤(りく)が学校帰りに立ち寄るのは、家の最寄り駅を出てすぐのところにある、昔ながらの書店だ。奥行きがあり、ジャンル問わず品揃えが豊富にある。  週刊誌以外の雑誌は奥まったところにあるので、少しくらいなら立ち読みもできる。カメラ雑誌は高いので、よっぽど気に入った記事や写真がなければ買わない。  折り目をつけないようにそっと開き、パラパラとめくる。風景写真よりも人物、それもモノクロや、色調整で加工された、アーティスティックな写真が好きだ。  気になる写真があって、でもノドの側、つまり綴じの部分に近いところに載っているので、うまく見れない。開いてしまったら折グセがついてしまう。  隙間を覗くようにそーっと見ていたら。 「武藤くん?」  突然名前を呼ばれ、びくんと肩をすくめた。そのはずみに、バン! と雑誌を閉じてしまう。 「あっ……くそ」  今見ていたページがわからなくなり、下唇を噛んだ。 「え、ごめん。なんか」 「いや……」  そこでようやく、陸は声の主へ顔を向けた。  立っていたのは、陸の通う高校の国語教師、小川だった。 「ああ、よかった合ってた。武藤くんだよね」 「はあ」  陸の学年で現代文を教える小川(しん)は、細身の長身だが、胸板があるためか貧相な感じはしない。無地のTシャツにカーディガンといった地味でシンプルな服装が多く、シンプルゆえにスタイルの良さが目立っている。  陸も密かに『脚なっがいなー』という感想を抱いていたものの、それ以上の感想もなく、そもそも個人的に話したこともない。 「家近いの? ここ最寄り?」 「ですね。……先生も?」 「うん。今日早く帰れたからウキウキで本屋覗きに来たら、武藤くんの姿見かけて。何読んでた? エロいやつ?」 「違いますよ」  苦笑しながら、陸は持っていた雑誌の表紙をちらりと見せて、棚に戻した。 「あ、見てたのにごめんな。買わないのか」 「いいんです。どうせ高くて買えないっす」 「ふーん。武藤くんってバイトしてないんだっけか」 「うん、はい」  小川は、生徒を全員『くん』付けで呼ぶ。男子生徒も女子生徒も、全員。生徒や他の先生から、変ですよという指摘を受けてもやめない。陸は特段気にならないし、それについては何とも思っていない。 「帰ったらご飯あんの?」  時刻は六時半を過ぎたころだ。陸はうなずきかけて、あ、と思い出す。 「いや、今日親いないんで、なんか弁当とか買って帰んないと」 「うん?」  両親ともに働いているが、今日母は、帰りに入院中の祖母の病院へ行くと言っていた。一人で適当に食べなさいと、お金を預かっている。陸がそのことを告げると、小川は「そっか」とつぶやいて何か考えているようだった。 「じゃあ、一緒に何か食って帰ろうか」 「へっ?」 「おれも一人だし、どうせ弁当になるかなあと思っててさ。でもごみ出るし、面倒じゃん? 食って帰ったほうが楽だし」  だからってなんで一緒に? と思ったものの、もしかしておごってもらえるのかも、という下心からつい、了承してしまった。 「いいですよ。何食います?」 「ああ、待ってね、これだけ買ってくるから」  小川は手に持っていた数冊の文庫本を陸に見せると、急いでレジへ移動した。  思いがけない展開に、陸はわくわくしている。  こんな滅多にない機会、楽しまなきゃ損だ。     * 「おまたせ。何食う?」 「ハンバーグか、オムライス食べたい」 「へーえ、そんなおこちゃまメニュー好きなんだな。じゃあファミレスでいいか?」 「はい」  この近くでファミレスといったら一軒しかない。二人は示し合わせたようにまっすぐそちらへ向かった。いつも一人で歩いている道を、先生と並んで歩いていることが、陸には不思議な感じがした。  本当に地元なんだ。  陸にとって馴染みの景色が、小川にとってもそうなのだと思うと、くすぐったいような、嬉しいような気持ちになる。今まで二人きりで話したことなんかなかったのに、こうして地元の道を歩いているだけで、ぐんと距離が縮まった気になる。  興味もなかったはずの小川の横顔が、結構イケてんじゃねえ? なんて思っている。  ああ、ハンバーグとオムライス、どっちにしよう?
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