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1-1 ペストマスクと古書店と
私、あなたに会えて良かった。
あなたといると楽しくって、
とっても、とっても幸せだったよ。
彼女は、長い髪を揺らしながら、タレ気味の目をきらきらさせて、まだ将来に何の希望を持っていなかった俺に向かって、とびきりの笑顔でそう言ったんだ。
そうして、自分自身の夢に向かって、一切のためらいも恐れもなく、軽やかに去っていったんだ。
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侑哉のカバンに入っているラノベは、伯父の古書店には見当たらない。
薄暗い店内には、天井まである本棚が規則正しくずらっと並んでいた。厳密に言えば本棚の上と天井の間には15センチほどの空間があるのだが、壁側にある本棚のそこには本がびっしり、平積みで詰められている。
「そこのも売り物なんだけどね。場所がないときに一時的に上げて、そのままで」
侑哉の視線を感じたのか、新野古書店の主人、新野友義はのんびりと説明する。侑哉は、パーマをかけた耳下までの茶色の髪に手をやりながら本棚をじっと見ていたが、友義のいるレジに顔を向けた。
「取るときは?」
「脚立があるでしょ。まあ、もし脚立使っても本棚の一番上まで届かなくなったら、そんときはいよいよ店じまいかな」
カッターシャツになぜかアウトドア用の青いジャケットを羽織っている友義は、年齢は56歳だが白髪は少なく姿勢もよいので、18歳の侑哉から見てもまだ若いし、そもそも自営業に定年はない。
加えて彼は独身のため、子供に店を譲って引退するという選択肢も今のところないだろうが、店じまいという言葉を聞いて侑哉は少し驚いた。
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