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侑哉は重い足取りでレジに近づき、ペストマスクを受けとる。しみじみ見ると意外によく作られているが、実用的ではない。
「店員がこんなの付けてたら、お客さんは嫌がんない?……あと普通に視界悪そうだし」
「そう?まあいいや。じゃあ、とりあえず授業がない時間に店番してもらって。時給はこのあたりの書店バイトと同じでいいかな?」
友義の言葉に侑哉はこくりと頷いた。
この春、晴れて大学に受かり、埼玉の実家から通うことになった侑哉だが、せっかくだからバイトをしたいと母親に話したところ、思わぬことを言われたのが実に昨日のことである。
「ちょうどいいわ、侑哉。あんたヨシ兄さんの店を手伝ってあげて」
侑哉の母、美弥は、友義の10才下の妹である。母は4人兄妹だが、長男の友義と美弥は首都圏在住で行き来しやすいのか、侑哉も小さい頃から自宅に遊びにきた友義に可愛がってもらっていた。
友義は飄々という表現がよく似合う人で、海外旅行もよく行っていた。土産も一風変わったものが多かったが、なるほど、現地調達以外にも、こういう経路で手に入ったものをうちに持ってきていたのか、と侑哉は納得する。
「あー、良かった。俺もたまには店を気にせずコーヒーを飲みに行きたかったんだよねえ」
今までは店を気にしつつも外出していたということなんだろうか。侑哉は、常々胸のうちに秘めていた「伯父は変人である」疑惑を今日確信に変えたので、あえて突っ込まないことにした。
「あ」
友義は、何か思い出したように少し目を見開いた。
「……え?」
「いやね、まあ、うん」
「うん、なに?」
歯切れの悪い、というよりはもったいぶった言い方の友義に、侑哉は不信感をあらわにした。
「ヤバいことでもあんの?」
バイトを引き受けて厄介なことに巻きこまれたのでは、たまったものじゃない。侑哉の懸念はもっともで、友義は笑いながら釈明した。
「そんな怖いもんじゃないけどさ、出るんだよね」
「出る?」
そう、と友義はペストマスクを箱の中にしまいながら言う。
「ピンクでふわふわしたのが、本を読みに来るんだ。まあ見たらわかるよ。大丈夫、害はないから」
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