朗報

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 今日もしんどい仕事だった。俺の所為じゃねぇ。あっちの仕様が悪いんだ。それを指摘したら「そんなわけない」だと。いや、現にそうだから指摘してるんじゃないか、と。目の前で起きている現象について、懇切丁寧に説明しているのに認めないんだ。まるで言葉が通じない。イライラする。 「ただいまー」  ゲッソリ疲れて帰宅する。リビングで夜のニュース番組を見ていた家内が、テレビを見つめたまま、おかえりーと返事をする。俺がこういう声色をしているときは、話しかけない方がいいと分かっている家内は、必要以上に対応しない。仕事上のイライラが落ち着くまで放っておいてくれる。  だが、今日はなんか違った。脱衣所で靴下を脱いでスエットに着替えていると、扉を開けてニコニコ顔を出してきた。 「ね、さっき、ニュースでやってたんだけど、例の法案が国会を通ったんだってよ! 次年度に要綱を策定して、早くとも来年春には初の国家試験だってさ」 「え? 何のことだ?」  頭が仕事モードのままなので、家内の話が見えてこない。怪訝な顔で訊き返すと、家内は頬をふくらましてむくれた。 「ほら、民間認定だった『赤ちゃん抱っこ師』の資格よ。国家資格に格上げになったんだって。国が身元を保証してくれて開業登録制になったのよ」  「おお……本当か!」  慌てて脱衣所をでて、リビングのソファに放り投げてあったコートの内ポケットのスマホをさぐる。通知を切っていたニュースサイトを立ち上げて、該当記事をさがす。  あった! 本当だ! 『国家認定 乳幼児等育児補助師 法案決定』『少子化改善の起爆剤となるか?』というサムネイルが踊っている。  スマホを覗き込んだまま、直立不動でいる俺の手元を覗き込んで、家内が笑った。 「オトさん、赤ちゃん触りたくてうずうずしてたもんね。この資格を取れば、他所の赤ちゃんが抱っこできるよ」  俺ら夫婦は、互いを「オトさん」「オカさん」と呼んでいる。かつて長女が舌ったらずに呼んでいた親への呼び方が、そのまま家族内に定着した「我が家語」の一つだ。  俺は画面をスワイプした。ニュースサイトの記事には資格に関する詳細は説明されていない。溜息をつくと、家内が俺の様子を見て画面を指さした。 「厚生労働省に、詳細が乗ってるって。特設サイトも開設されてるよ」  無言でスマホを操作して、該当サイトにアクセスした。 『乳幼児等育児補助師』『乳幼児等育児補助師法』『資格試験について』 「Ⅰ種と……Ⅱ種があるのか……」 「そうそう。Ⅰ種は首が座る前の赤ちゃんから抱っこできるんですって」  それならⅠ種一択だな。
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